マンス渓谷の中に佇むクリセの村は、9世紀にリル・ブシャール候(l’ïle Bouchard)とトゥール大司教区によって保有される城下町を起源に持つ。その後は、アンジェで司教を務めたギヨーム・チュルパン(Guillaume Turpin)とその子孫によって治められた。
11~12世紀に築かれた主塔の隣に、領主の住居として城塞の建設が開始されたのが15世紀のことだという。しかしながら、最終的に城が完成されることも実際に生活の拠点となることも無かった。現在は主塔と未完成に終わった城跡、また地下の避難所が残されている。
フランボワイヤン・ゴシック様式が美しいサン・モーリス教会は、1527年にチュルパン家によって建設された。教会内では、聖ヤコブと聖母マリアを表象した16世紀の2体の木像が収められている。また、内陣に置かれている洗礼盤は描かれた花の文様が見事である。
オート広場には、繁栄の時を思い起こさせる15世紀の住居が立ち並んでおり、十字型のムリオン窓と屋根窓が見事に調和している。また、住居に併設する小屋の中に置かれたオージェ井戸の付近には、かつて村への入口となっていた門が残されている。
村に蛇行して流れるマンス川沿いに残された2つの洗濯場にも足を延ばしてみると良いだろう。ロワールの豊かな自然を見渡せる小さな一角から、往時の生活を伺い知ることが出来る。また村から800mほど離れたところにあるユグノーの泉には、1562年に教会の鐘を持ち去ったプロテスタントへの怒りとして100年置きに警鐘が鳴り響くとの伝説が残されている。
村を一通り巡ったら、地元の美味しいチーズとワインを味わいたい。近郊の街の名が付けられたサント・モール・ド・トゥレーヌは、山羊独特の風味を持つ個性的なチーズである。中央に型崩れのための藁の芯を通し、木炭の粉をまぶして造られる独自の製法で、熟成と共に変化する味わいが魅力。村で造られる果実味溢れる極上の赤ワインとの相性は抜群である。
教会から村の中心へと続く小路の脇に、ピクニックを楽しめる美しい庭が整備されており、天気の良い日にサンドイッチ片手に一休みするのもお勧め。また一画には住民用の共同菜園があり、気さくな村人が楽し気に農作業に勤しむ姿も垣間見ることが出来る。
石灰質の丘のすぐ脇に村が位置しているため、細い路地が入り組む街中を散策すれば石灰岩で造られた見事な民家や塀に出会う。比較的背の低い造りのファサードは小人の住むおとぎの村のような趣だが、今日も住民の確かな生活が息づき活気ある話し声が聞こえてくる。