
クリュニー/Cluny
【修道院改革運動の中心都市】
戒律を遵守するクリュニーの改革を先導し、
ヨーロッパ中の修道院に影響を与えた中心都市。
中世ロマネスク建築の発展にも大きく貢献し、
その集大成とも言えるクリュニー第3修道院教会は、
15世紀までキリスト教徒最大の建築物だった。
フランス革命後に大修道院は解体されてしまったが、
残された遺物が栄枯衰勢の歴史を物語続けている。

クリュニー/Cluny
【修道院改革運動の中心都市】
戒律を遵守するクリュニーの改革を先導し、ヨーロッパ中の修道院に影響を与えた中心都市。
中世ロマネスク建築の発展にも大きく貢献し、その集大成とも言えるクリュニー第3修道院教会は、15世紀までキリスト教徒最大の建築物だった。
フランス革命後に大修道院は解体されてしまったが、残された遺物が栄枯衰勢の歴史を物語続けている。

街の歴史
アキテーヌ公ギヨーム1世により、910年に設立されたクリュニー修道院。6世紀に聖ベネディクトゥスが示した模範的な修道生活に従い貧民救済を重んじたクリュニー修道院は、修道者の腐敗が進んでいた社会で急速に支持を拡大。全盛期にはヨーロッパ各地にある1500近くの修道院を束ね、中世ヨーロッパの修道院改革運動の中心地として栄えた。
しかし組織の規模が巨大になったことで設立当初の清貧な精神が次第に失われていき、同じくベネディクト会派の教えに従うシトー会の対等によって、14世紀以降は徐々に衰退していった。18世紀にフランス革命が起こると、修道院は廃止させられる。建物が国有財産となった後に大部分が解体され、一部は大学の校舎として使用された。
街の歴史

アキテーヌ公ギヨーム1世により、910年に設立されたクリュニー修道院。
6世紀に聖ベネディクトゥスが示した模範的な修道生活に従い貧民救済を重んじたクリュニー修道院は、修道者の腐敗が進んでいた社会で急速に支持を拡大。
全盛期にはヨーロッパ各地にある1500近くの修道院を束ね、中世ヨーロッパの修道院改革運動の中心地として栄えた。
しかし組織の規模が巨大になったことで設立当初の清貧な精神が次第に失われていき、同じくベネディクト会派の教えに従うシトー会の対等によって、14世紀以降は徐々に衰退していった。
18世紀にフランス革命が起こると、修道院は廃止させられる。
建物が国有財産となった後に大部分が解体され、一部は大学の校舎として使用された。
クリュニー大修道院①:大修道院付属教会の歴史
この街の大修道院付属教会は、建設年代に従い3つに区分されている。クリュニー第1修道院教会(クリュニーⅠ)は、10世紀初めに建てられたことがわかっている。完成に伴い、その以前に存在していたクリュニー教会は聖母マリアに捧げられた礼拝堂へと姿を変えた。
大修道院の発展と共に手狭になったクリュニー第1修道院教会に代わり、10世紀後半に置き換えられるように建てられたクリュニー第2修道院教会(クリュニーⅡ)。交差部分に鐘楼を設けるなど教会建築技術を大きく発展させたことで知られ、その時代にブルゴーニュ地方を中心に広がったロマネスク様式の教会のモデルとなった。

クリュニー大修道院①:大修道院付属教会の歴史

この街の大修道院付属教会は、建設年代に従い3つに区分されている。
クリュニー第1修道院教会(クリュニーⅠ)は、10世紀初めに建てられたことがわかっている。
完成に伴い、その以前に存在していたクリュニー教会は聖母マリアに捧げられた礼拝堂へと姿を変えた。
大修道院の発展と共に手狭になったクリュニー第1修道院教会に代わり、10世紀後半に置き換えられるように建てられたクリュニー第2修道院教会(クリュニーⅡ)。
交差部分に鐘楼を設けるなど教会建築技術を大きく発展させたことで知られ、その時代にブルゴーニュ地方を中心に広がったロマネスク様式の教会のモデルとなった。

クリュニー大修道院②:現在のクリュニー大修道院跡
1088年~1130年にかけて建てられたクリュニー第3修道院教会(クリュニーⅢ)は、ロマネスク建築の最高傑作と謳われた。縦187m・横90mに及ぶその巨大な建物は、16世紀にバチカンのサン・ピエトロ大聖堂ができるまでキリスト教最大の建築物として知られていた。
クリュニー第3修道院教会は石材の売却のために解体されたため全体の約8%しか現存していないが、残された一部が往時の面影を今に伝えている。また教会のすぐ傍には13世紀の食物貯蔵庫や18世紀の回廊など、クリュニー大修道院の豊かな歴史を伝える様々な宗教施設が残されている。
クリュニー大修道院②:現在のクリュニー大修道院跡

1088年~1130年にかけて建てられたクリュニー第3修道院教会(クリュニーⅢ)は、ロマネスク建築の最高傑作と謳われた。
縦187m・横90mに及ぶその巨大な建物は、16世紀にバチカンのサン・ピエトロ大聖堂ができるまでキリスト教最大の建築物として知られていた。
クリュニー第3修道院教会は石材の売却のために解体されたため全体の約8%しか現存していないが、残された一部が往時の面影を今に伝えている。
また教会のすぐ傍には13世紀の食物貯蔵庫や18世紀の回廊など、クリュニー大修道院の豊かな歴史を伝える様々な宗教施設が残されている。
クリュニー美術館/考古学博物館
15世紀に第42代クリュニー大修道院を務めたジャン・ド・ブルボンによって建てられた館は、ゴシック様式の美しい建物が印象的。フランス革命後に購入した父親から建物を受け継いだ医師ジャン=バティスト・オシエは、荒れ果てたクリュニー第3修道院教会(クリュニーⅢ)の遺物のコレクターでもあった。彼の死後に建物と蒐集品は街に寄贈され、1866年にオシエ博物館として開業した。
現在もクリュニー美術館/考古学博物館として営業しており、この街の歴史を伝える宗教美術が数多く展示されている。ロマネスク様式の傑作と名高い修道院教会をかつて彩った、石彫のコレクションは特に見応えがある。また4000冊を超える中世の貴重な古書も充実しており、最も古いものは1492年に遡ることができる。

クリュニー美術館/考古学博物館

15世紀に第42代クリュニー大修道院を務めたジャン・ド・ブルボンによって建てられた館は、ゴシック様式の美しい建物が印象的。
フランス革命後に購入した父親から建物を受け継いだ医師ジャン=バティスト・オシエは、荒れ果てたクリュニー第3修道院教会(クリュニーⅢ)の遺物のコレクターでもあった。
彼の死後に建物と蒐集品は街に寄贈され、1866年にオシエ博物館として開業した。
現在もクリュニー美術館/考古学博物館として営業しており、この街の歴史を伝える宗教美術が数多く展示されている。
ロマネスク様式の傑作と名高い修道院教会をかつて彩った、石彫のコレクションは特に見応えがある。
また4000冊を超える中世の貴重な古書も充実しており、最も古いものは1492年に遡ることができる。

豊かな歴史を感じる中心市街地
かつてクリュニー大修道を取り囲んでいた防壁の一部であるフロマージュの塔は、その歴史を11世紀に遡ることができる。19世紀に一人の女性がこの塔でチーズを貯蔵していたことから、フランス語で「チーズ」を意味する現在の名で呼ばれるようになった。120段の階段を登って塔の頂上へと行けば、修道院全体を望む素晴らしいパノラマが広がっている。
12世紀以降は市街地全体が城壁に囲まれたことから、マイユールの塔やマイユール門などかつて街を守るための文化財も残されている。中心市街地には11~13世紀にかけて建てられたロマネスク様式の民家が数多く残されているのも特徴で、中世におけるクリュニー大修道の存在の大きさを物語っている。
豊かな歴史を感じる中心市街地

かつてクリュニー大修道を取り囲んでいた防壁の一部であるフロマージュの塔は、その歴史を11世紀に遡ることができる。
19世紀に一人の女性がこの塔でチーズを貯蔵していたことから、フランス語で「チーズ」を意味する現在の名で呼ばれるようになった。
120段の階段を登って塔の頂上へと行けば、修道院全体を望む素晴らしいパノラマが広がっている。
12世紀以降は市街地全体が城壁に囲まれたことから、マイユールの塔やマイユール門などかつて街を守るための文化財も残されている。
中心市街地には11~13世紀にかけて建てられたロマネスク様式の民家が数多く残されているのも特徴で、中世におけるクリュニー大修道の存在の大きさを物語っている。
ノートルダム教会とサン・マルセル教会
中心市街地に佇むノートルダム教会は13世紀に建てられたもので、ゴシック様式の優美な外観が印象的。15世紀には穀物や小麦、パンの種類などを測定するための「パネル」を保管する特権を有するなど、都市の商業活動にとっても重要な役割を果たしていた。祭壇の上部を彩る13世紀の十字架上のキリスト像や、1644年に作製された聖歌隊席などが見どころとなっている。
街の外れに佇むサン・マルセル教会は、大修道院長だったユーグ3世によって1159年に建てられた。14世紀にロマネスク様式で建てられた八角形の鐘楼は、レンガ造りの天高く伸びる尖塔が16世紀に付け加えられたと考えられている。教会内を祀るいくつかの祭壇は、クリュニー大修道院から持ち込まれた貴重なものと考えられている。

ノートルダム教会とサン・マルセル教会

中心市街地に佇むノートルダム教会は13世紀に建てられたもので、ゴシック様式の優美な外観が印象的。
15世紀には穀物や小麦、パンの種類などを測定するための「パネル」を保管する特権を有するなど、都市の商業活動にとっても重要な役割を果たしていた。
祭壇の上部を彩る13世紀の十字架上のキリスト像や、1644年に作製された聖歌隊席などが見どころとなっている。
街の外れに佇むサン・マルセル教会は、大修道院長だったユーグ3世によって1159年に建てられた。
14世紀にロマネスク様式で建てられた八角形の鐘楼は、レンガ造りの天高く伸びる尖塔が16世紀に付け加えられたと考えられている。
教会内を祀るいくつかの祭壇は、クリュニー大修道院から持ち込まれた貴重なものと考えられている。
クリュニーについて詳しく知りたい!
基本情報

ソーヌ・エ・ロワール県クリュニー/Cluny (SAONE-ET-LOIRE)
面積:23,71 km2
人口:4980人(2022年現在)
写真1枚目:Photoed by dronepicr – Wikipedia
写真2, 4, 9枚目:Photoed by falco – Pixabay
写真3枚目:Photoed by Carsten Steger – Wikipedia
写真5枚目:Photoed by Chatsam – Wikipedia
写真6枚目:Photoed by Maciej Poltorak Vanupied – Wikipedia
写真7枚目:Photoed by Chabe01 – Wikipedia
写真8枚目:Photoed by bdeplanteo0 – Pixabay
2025年10月11日:ページ更新
行き方

ソーヌ・エ・ロワール県の県庁所在地であるマコンから、バスを使って40分程で訪れる事ができます。
ブルゴーニュ地方にはクリュニー大修道院が影響を与えたロマネスク様式の教会が点在している街や村が点在しているので、レンタカーを利用するのもお勧めですよ。
パリ・リヨン駅(Paris – Gare De Lyon)からTGVに乗って、マコン・ロシェ・TGV駅(Mâcon-Loché-TGV)下車。(約1時間40分)
マコン・ロシェ・TGV駅前停留所(MÂCON LOCHÉ Gare TGV)から、ブルゴーニュ・フランシュ・コンテ交通LR 701番線(MOBIGO LR 701)のバスに乗って、クリュニー市街地停留所下車。(約30分)
パリから430km(約4時間20分)
リヨンから90km(約1時間10分)
パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から460km(約4時間20分)
リヨン=サン・エグジュペリ空港から110km(約1時間20分)
クリュニーのお勧めホテル

ブルゴーニュ地方にある美しい村々を訪れるなら、クリュニーにも泊ってみてはいかがでしょうか?
ホテルの予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。クリュニーにあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。
Booking.comのロケーション・スコア9.8と高評価なこの宿泊施設は、クリュニー大修道院のすぐ目の前に佇んでいるため街の散策に便利です。建物は1817年のもので、窓からはクリュニー大修道院の敷地を眺め事もできます。クリュニー大修道院跡はライトアップもされるので、夜に散策するのもお勧めですよ。宿泊者のニーズやシーズンに応じて価格は変動し、料金は2名1泊で150€~240€(朝食別)です。
Booking.comの総合スコア9.1と高評価なこの宿泊施設は、中心市街地に佇むアパートのそれぞれも部屋を丸ごと借りることができます。部屋の中はセンスの良い調度品に飾られており、おしゃれな空間が広がっています。使いやすいキッチンが備え付けられているため、料理を楽しみながら暮らすように滞在するのにもお勧めです。料金は2名1泊で130€です。
クリュニーゆかりの美しい村
スミュール・アン・ブリオネ
この街と同じソーヌ・エ・ロワール県に位置するこの村は、クリュニー大修道院長を務めた聖ユーグの生まれ故郷。12世紀のサン・ティレール参事会教会が見どころとなっています。
ボーム・レ・メシュー
村の歴史は10世紀に遡り、クリュニーの初代修道院長ベルノンの支援によって修道院が設立されました。初期ロマネスク様式の面影を留める、サン・ピエール大修道院は必見です。
カレナック
この街から車で4時間以上離れたドルドーニュ地方に佇む美しい村も、11世紀にクリュニー修道会の影響のもとで発展しました。11世紀のサン・ピエール教会は、正面扉を飾るタンパン彫刻が見事です。
ロマンモティエ
スイスで最も古いロマネスク様式の教会が残る美しい村です。ロマンモティエ大修道院付属教会は、かつて存在していたクリュニー第2修道院教会をモデルとしています。



