ランブール/Limbourg

 

【公国の都が置かれた城塞都市】

 

蛇行して流れるヴェスドル川を見下ろす、

小高い山の上に佇むこの村は、

後のリンブルフ公国の礎を築いた。

建物の下を通り抜け出来るかつての役場や、

高低差20mの急斜面に建つ教会。

中世の面影を色濃く残すこの村は、

ミステリアスな魅力に溢れている。

ランブール/Limbourg

 

【公国の都が置かれた城塞都市】

 

蛇行して流れるヴェスドル川を見下ろす、小高い山の上に佇むこの村は、後のリンブルフ公国の礎を築いた。

 

建物の下を通り抜け出来るかつての役場や、高低差20mの急斜面に建つ教会。

 

中世の面影を色濃く残すこの村は、ミステリアスな魅力に溢れている。




村の歴史

 

下ロートリンゲン公を務めたフリードリヒ・ド・リュクサンブールが、1020年頃この地に城を築いた。村の名は「竜」の砦と呼ばれていたことに由来していて、オランダやドイツの一部も領地とする神聖ローマ帝国を構成する国家リンブルフ公国の都も置かれた。

 

戦略的要地にあったことから、その後は様々な国に属すこととなる。1288年からはブラバント公国、1430年からはブルゴーニュ公国、カール五世神聖ローマ皇帝時代のスペイン領、オランダ領を経て、1648年に再びスペイン領となる。その後も、フランス、スペイン、フランス、オーストリア、フランスと目まぐるしく領有権が移り現在に至っている。

村の歴史

下ロートリンゲン公を務めたフリードリヒ・ド・リュクサンブールが、1020年頃この地に城を築いた。

 

村の名は「竜」の砦と呼ばれていたことに由来していて、オランダやドイツの一部も領地とする神聖ローマ帝国を構成する国家リンブルフ公国の都も置かれた。

 

戦略的要地にあったことから、その後は様々な国に属すこととなる。

 

1288年からはブラバント公国、1430年からはブルゴーニュ公国、カール五世神聖ローマ皇帝時代のスペイン領、オランダ領を経て、1648年に再びスペイン領となる。

 

その後も、フランス、スペイン、フランス、オーストリア、フランスと目まぐるしく領有権が移り現在に至っている。

リンブール城

 

周囲の自然環境を活かしながら強固な城塞都市として知られたこの街だが、1675年からのフランス王国領時代に太陽王ルイ14世の命によって城と城壁が取り壊された。それでも村内には城塞都市の面影を今に伝える、様々な痕跡が残されている。

 

例えば、人間一人がやっと通ることの出来る細い路地や、村を取り囲むように配置された稜堡の跡などである。また北と南の入り口には、それぞれ往時の威光ある城に敬意を払って建てられた城が再建されている。19世紀および20世紀初頭という比較的新しい建築物だが、美しい外観は村の魅力を惹きたてている。

リンブール城

周囲の自然環境を活かしながら強固な城塞都市として知られたこの街だが、1675年からのフランス王国領時代に太陽王ルイ14世の命によって城と城壁が取り壊された。

 

それでも村内には城塞都市の面影を今に伝える、様々な痕跡が残されている。

 

例えば、人間一人がやっと通ることの出来る細い路地や、村を取り囲むように配置された稜堡の跡などである。

 

また北と南の入り口には、それぞれ往時の威光ある城に敬意を払って建てられた城が再建されている。

 

19世紀および20世紀初頭という比較的新しい建築物だが、美しい外観は村の魅力を惹きたてている。

サン・ジョルジュ教会

 

ランブール城付属の礼拝堂が建てられたのは、遅くとも12世紀と考えられている。1301年に拡張のための改築が行われ、現在も見ることの出来るゴシック様式の塔が付け加えられた。当時この教会は街の要塞の一部でもあり、有事の際には住民が逃げ込めるように建てられたため、強固で力強い姿が印象的である。

 

1460年に小教区教会となったことで、塔を除く建物は大規模な改修が行われた。特筆すべきは教会奥の内陣で、司教座聖堂参事会員のための聖職者席を設けるため、地下礼拝堂と共に最大で20m程の高低差のある斜面の上に拡張された。またプレヴォと呼ばれる行政的な機能も担い、その名残が教会左手の扉に残されている。

サン・ジョルジュ教会

ランブール城付属の礼拝堂が建てられたのは、遅くとも12世紀と考えられている。

 

1301年に拡張のための改築が行われ、現在も見ることの出来るゴシック様式の塔が付け加えられた。

 

当時この教会は街の要塞の一部でもあり、有事の際には住民が逃げ込めるように建てられたため、強固で力強い姿が印象的である。

 

1460年に小教区教会となったことで、塔を除く建物は大規模な改修が行われた。

 

特筆すべきは教会奥の内陣で、司教座聖堂参事会員のための聖職者席を設けるため、地下礼拝堂と共に最大で20m程の高低差のある斜面の上に拡張された。

 

またプレヴォと呼ばれる行政的な機能も担い、その名残が教会左手の扉に残されている。

サン・ジョルジュ広場

 

この村の中央広場は、まるでタイムスリップしたかのような中世の趣を留めている。村を取り巻くように流れるヴェスドル川で採れた、丸石の石畳が特徴的。2022年に全面的に敷きなおされたもので、資金の一部を担った寄付者の名前が刻まれたタイルが埋め込まれている。

 

聖母マリア像が中央で見護る広場は、17~18世紀の美しい民家に縁どられている。特に17世紀に貴族の館として建てられ、1873年に牧師館となった建物は、二つの民家を繋げて一つに統合した特徴的な造りをしている。そのすぐ脇の建物は、17世紀終わりに建てられたかつての町役場および裁判所である。通り抜けの出来るアーケード状の通路を意味する、「アルヴォ」の名で親しまれている。

サン・ジョルジュ広場

この村の中央広場は、まるでタイムスリップしたかのような中世の趣を留めている。

 

村を取り巻くように流れるヴェスドル川で採れた、丸石の石畳が特徴的。

 

2022年に全面的に敷きなおされたもので、資金の一部を担った寄付者の名前が刻まれたタイルが埋め込まれている。

 

聖母マリア像が中央で見護る広場は、17~18世紀の美しい民家に縁どられている。

 

特に17世紀に貴族の館として建てられ、1873年に牧師館となった建物は、二つの民家を繋げて一つに統合した特徴的な造りをしている。

 

そのすぐ脇の建物は、17世紀終わりに建てられたかつての町役場および裁判所である。

 

通り抜けの出来るアーケード状の通路を意味する、「アルヴォ」の名で親しまれている。

ランブールについて詳しく知りたい!

ベルギーの最も美しい村

リエージュ州ランブール(リンブルフ、リンブルヒ、リンブルク、リーンブルク、リンブルグ)/Limbourg (PROVINCE DE LIÈGE)

※ランブール町内の山の上に佇む歴史地区が、「ワロンの最も美しい村」として登録されている。

面積:24,64 km2 (ランブール町)

人口:5695人(ランブール町、2022年現在)

写真2, 4, 5, 6, 7枚目:Photoed by Rita_Photographie – PBVW

2024年5月20日:ページ更新

行き方

ランブール町にある「ドラン=ジルップ駅」まで電車で訪れることが出来ます。ただし、駅から歴史地区まで30分ほど歩く必要があるため注意をしてください。

 

ナミュール州はベルギーの美しい村が他にもいくつか点在しているため、レンタカーを利用するのもお勧めです。特にエルヴ地方の牧歌的な風景を眺めながらのドライブは、とても思い出に残りますよ。

ブリュッセル中央駅(Bruxelles-Central)から電車に乗って、ヴェルヴィエ中央駅(Verviers-Central)で乗り換えて、ドラン=ジルップ駅(Dolhain-Gileppe)下車。(約2時間)

 

ドラン=ジルップ駅からランブール歴史地区まで徒歩で約30分。

ブリュッセル(Bruxelles)から130km(約1時間30分)

リエージュ(Liège)から40km(約40分)

ブリュッセル国際空港から130km(約1時間20分)

デュッセルドルフ国際空港から120km(約1時間10分)




ランブールのお勧めホテル

村内がオレンジに輝く夕暮れ時や、夜のライトアップ、朝霧に包まれた街並みなど、時間によって様々な表情を見せるのが美しい村の魅力。

 

ベルギーの最も美しい村の予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。ランブールにあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。

Booking.comの総合スコア10と高評価なこの宿泊施設は、この村の中央広場に面して佇んでいるため村の散策に便利。リエージュ州らしいレンガで出来た、可愛らしい外観が印象的です。室内はらせん階段やシャンデリアなど、豪華な造り。キッチンを備えた民家をまるごと借りることが出来るので、村に住んでいるかの様な滞在が楽しめます。料金は5ベッドルーム、最大9名まで泊まることが可能で、1泊につき500€からです。

 

※最低でも2泊することが必要で、宿泊日に応じて値段が大きく変動するので事前によく調べることをお勧めします。




スポンサーリンク




次の美しい村を巡る