バルフルール

Barfleur

漁師の暮らし息づく素朴な港町

ノルマンディー公とイギリスの歴史と深く関係するバルフルールの村は、中世にはコタンタン半島で一番の港として栄えた。

 

1066年にバルフルールの村人が、初代イギリス王となるウィリアム1世をモラ号に乗せ出航しイギリス征服を助けた。しかし1120年、イギリス王座を継承するはずだったウィリアム1世の息子を乗せた船、ホワイトシップ号が座礁してしまうという数奇な運命が生まれたのもこのバルフルールの港からだった。また百年戦争が勃発してすぐの1346年には、引き返してきたイギリス軍による略奪や放火を経験した。

 

11世紀にあったロマネスク様式の教会の跡地には、1865年に難破船を救護する船の格納施設が建てられた。この施設が建設されたのはフランスで初めての事で、イギリス様式をモデルとした造りが特徴。現在は資料館となっており、当時の船や道具などが展示されている。

 

ロマネスク教会の代わりとして17世紀から19世紀にかけて建築されたのは、クラシカル様式が美しいサン・ニコラ教会である。海沿いの墓地に囲まれ、奉納物として画家ポール・ブランヴィラン(Paul BLANVILLAIN)の出生時に贈られた3つのマストが取り付けられた捕鯨船の模型が祀られている。また、16世紀のフランドル学派の絵画「エリザベス訪問(Visitation)」は、奥ゆかしく描かれる聖母マリアの姿に思わず見とれてしまう。

 

ブルトン礼拝堂(Chapelle de la Bretonne)は、この村で生まれた聖マリー・マドレーヌ・ポステル(Marie-Madeleine Postel)の列福に敬意を表して、バルフルール住民によって建てられた。1893年の建築と比較的新しいが、彼女の生涯を生き生きと描いた見事なステンドグラスが飾られているので、ぜひとも立ち寄ってみるとよいだろう。

 

港では現在でも多くの住民が漁業を生業としており、村は活気に溢れている。様々な魚にホタテ貝、カニやエビなど新鮮な海の幸が水揚げされる。とりわけ、6月~9月頃まで採れる「ブロンド(Blonde)」と呼ばれる野生のムール貝はこの村の名物として知られ、季節が合えば是非味わいたい。

 

漁師やレジャー用のボートが停泊する港に面して、小さな庭を備えた素朴な漁師の民家や15世紀の貴族の屋敷だったサント・カトリーヌ宮殿(Cour Sainte-Catherine)が佇んでいる。ブルターニュらしい重厚感のある灰色の花崗岩で出来た民家の立ち並ぶ街並みは、バルフルールの質素で飾らない美しい景観を生み出している。

マンシュ県バルフルール/Barfleur(MANCHE)

面積:0,60 km2 

人口:577人(2016年現在)

公共交通機関の場合:

パリ・サン・ラザール駅(Paris Saint-Lazare)からSNCFに乗って、シェルブール駅(Cherbourg)下車。(約3時間20分)

シェルブール駅前停留所(CHERBOURG-EN-COTENTIN/Cherbourg – Autogare)から、ノルマンディ交通ノマド(NO_MA_D)12番線に乗って、バルフルール村役場停留所下車(BARFLEUR/Mairie)(約50分)

車の場合:

カーン(Caen)から130km(約1時間30分)

パリ(Paris)から360km(約4時間)

飛行機の場合:

パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から380km(約4時間)

「フランスの最も美しい村」協会 加盟村

2019年11月05日:ページ更新

スポンサーリンク




次の美しい村を巡る