サン・マルタン・ド・レ/Saint-Martin-de-Ré

 

【大小2つの星型要塞が形作るレ島の都】

 

フランス大西洋岸の港町ラ・ロシェルから、

橋で結ばれたイル・ド・レ(レ島)の中心都市。

ヴォーバンの手掛けた美しい要塞に囲まれた街は、

世界遺産にも認められる唯一無二の存在感がある。

趣ある港にはレジャー用ボートが数多く停泊し、

芝生の公園ではピクニックを楽しんでおり、

人々がのんびりとした時間を過ごす街である。

サン・マルタン・ド・レ/Saint-Martin-de-Ré

 

【大小2つの星型要塞が形作るレ島の都】

 

フランス大西洋岸の港町ラ・ロシェルから、橋で結ばれたイル・ド・レ(レ島)の中心都市。

 

ヴォーバンの手掛けた美しい要塞に囲まれた街は、世界遺産にも認められる唯一無二の存在感がある。

 

趣ある港にはレジャー用ボートが数多く停泊し、芝生の公園ではピクニックを楽しんでおり、人々がのんびりとした時間を過ごす街である。




街の歴史

 

中世から常に戦略的な要地として、フランスとイギリスの間で渇望された土地であるイル・ド・レ(レ島)。1545年以降はプロテスタント系キリスト教徒が増加し、16世紀に激化したユグノー戦争(カトリック派とプロテスタント派による宗教戦争)に巻き込まれることになる。

 

とりわけ1572年に始まったプロテスタント派の拠点都市ラ・ロシェル包囲戦では、戦略的な要地としてルイ13世とリシュリュー枢機卿率いるフランス王国・カトリック軍に組み入れられた。また1672年にイギリスのバッキンガム公が率いる部隊が侵攻を仕掛けたことで、島の防衛の機運が高まることとなった。

街の歴史

中世から常に戦略的な要地として、フランスとイギリスの間で渇望された土地であるイル・ド・レ(レ島)。

 

1545年以降はプロテスタント系キリスト教徒が増加し、16世紀に激化したユグノー戦争(カトリック派とプロテスタント派による宗教戦争)に巻き込まれることになる。

 

とりわけ1572年に始まったプロテスタント派の拠点都市ラ・ロシェル包囲戦では、戦略的な要地としてルイ13世とリシュリュー枢機卿率いるフランス王国・カトリック軍に組み入れられた。

 

また1672年にイギリスのバッキンガム公が率いる部隊が侵攻を仕掛けたことで、島の防衛の機運が高まることとなった。

世界遺産:ヴォーバンの防衛施設群

 

そんな状況の中でルイ14世統制下の1681~1691年にかけて、島の要塞化を手掛けたのがフランスを代表する軍事技術者ヴォーバンだった。街全体を全長約14km・半径1,5mの半円状の防壁が取り囲み、内陸部は6つの稜堡、大砲を保護するための3つの土手、5つの半月堡を備えている。

 

その他にも城塞内に出入りするための2つの門(トワラ門とカンパニ門)や、長年に渡り囚人の収容所としても用いられていた北西部の小さな星型城塞などが残る。島を防衛するための要塞都市というその独自性が評価され、2008年より「ヴォーバンの防衛施設群」の一部としてユネスコの世界遺産にも登録されている。

世界遺産:ヴォーバンの防衛施設群

そんな状況の中でルイ14世統制下の1681~1691年にかけて、島の要塞化を手掛けたのがフランスを代表する軍事技術者ヴォーバンだった。

 

街全体を全長約14km・半径1,5mの半円状の防壁が取り囲み、内陸部は6つの稜堡、大砲を保護するための3つの土手、5つの半月堡を備えている。

 

その他にも城塞内に出入りするための2つの門(トワラ門とカンパニ門)や、長年に渡り囚人の収容所としても用いられていた北西部の小さな星型城塞などが残る。

 

島を防衛するための要塞都市というその独自性が評価され、2008年より「ヴォーバンの防衛施設群」の一部としてユネスコの世界遺産にも登録されている。

サン・マルタン教会

 

中央広場に佇むサン・マルタン教会は、14世紀にゴシック様式で建てられた。見張りのための巡回路や石などを落とすためのマシクーリといった防衛施設を備え、要塞化されていたのが特徴。塔の上に登れば海や周辺地域を監視できるように造られ、地元の人々から「グラン・フォール(大要塞)」の愛称でも呼ばれている。

 

16世紀の宗教戦争では地元プロテスタント教徒の拠点となっていたが、フランス王国・カトリック軍の攻撃を受けて半壊してしまう。そのため現在の建物の大部分は、17世紀および18世紀にバロック様式で再建されたものとなっている。

サン・マルタン教会

中央広場に佇むサン・マルタン教会は、14世紀にゴシック様式で建てられた。

 

見張りのための巡回路や石などを落とすためのマシクーリといった防衛施設を備え、要塞化されていたのが特徴。

 

塔の上に登れば海や周辺地域を監視できるように造られ、地元の人々から「グラン・フォール(大要塞)」の愛称でも呼ばれている。

 

16世紀の宗教戦争では地元プロテスタント教徒の拠点となっていたが、フランス王国・カトリック軍の攻撃を受けて半壊してしまう。

 

そのため現在の建物の大部分は、17世紀および18世紀にバロック様式で再建されたものとなっている。

エルネスト・コニャック博物館

 

島の領主でありギュイエンヌ公シャルル・ド・フランスの徴税官を務めていたルイ・クレルジャットにより、15世紀に建てられた館は螺旋階段を備えた塔とフランボワイヤン・ゴシック様式の扉が特徴的。16世紀終わりには後期ルネサンス様式に影響を受けた翼棟が付け加えられ、華やかさが増した。

 

島の軍事的重要性が増すと、館は軍に徴用され長らく武器庫として用いられることとなる。1950年に所有権が街に譲渡されると、市立博物館として改装される。当初は海洋博物館として営業していたが、この街出身の実業家エルネスト・コニャックが1907年に開業した美術館のコレクションが1969年に加わり、現在のエルネスト・コニャック博物館となった。

エルネスト・コニャック博物館

島の領主でありギュイエンヌ公シャルル・ド・フランスの徴税官を務めていたルイ・クレルジャットにより、15世紀に建てられた館は螺旋階段を備えた塔とフランボワイヤン・ゴシック様式の扉が特徴的。

 

16世紀終わりには後期ルネサンス様式に影響を受けた翼棟が付け加えられ、華やかさが増した。

 

島の軍事的重要性が増すと、館は軍に徴用され長らく武器庫として用いられることとなる。

 

1950年に所有権が街に譲渡されると、市立博物館として改装される。

 

当初は海洋博物館として営業していたが、この街出身の実業家エルネスト・コニャックが1907年に開業した美術館のコレクションが1969年に加わり、現在のエルネスト・コニャック博物館となった。

豊かな歴史を感じる中心市街地

 

街の中心にあるホテル・ド・カデは、元々キリスト教の神父によって1973年に建てられた。同年末に発表されたルイ16世の命により、貴族のための下級士官学校として用いられた時期もあったが、1804年に施療院としての役割が与えられ宗教施設に戻った。1891年より町役場として使われるようになった他、エルネスト・コニャック博物館が開業当初に使用していたのもこの建物である。

 

街は白壁に緑の雨戸というイル・ド・レの伝統的な住居が建ち並んでいるほか、中世の趣を留める木組みの民家も点在する。また1860年頃より島民の生活を支えるロバに服を着せるという風習が広まり、今日も海沿いにあるバルベット公園では子供を乗せて歩くロバの姿を見ることが出来る。

豊かな歴史を感じる中心市街地

街の中心にあるホテル・ド・カデは、元々キリスト教の神父によって1973年に建てられた。

 

同年末に発表されたルイ16世の命により、貴族のための下級士官学校として用いられた時期もあったが、1804年に施療院としての役割が与えられ宗教施設に戻った。

 

1891年より町役場として使われるようになった他、エルネスト・コニャック博物館が開業当初に使用していたのもこの建物である。

 

街は白壁に緑の雨戸というイル・ド・レの伝統的な住居が建ち並んでいるほか、中世の趣を留める木組みの民家も点在する。

 

また1860年頃より島民の生活を支えるロバに服を着せるという風習が広まり、今日も海沿いにあるバルベット公園では子供を乗せて歩くロバの姿を見ることが出来る。

サン・マルタン・ド・レについて詳しく知りたい!

基本情報

シャラント・マリティーム県サン・マルタン・ド・レ(サンマルタンドレ)/Saint-Martin-de-Ré (CHARENTE-MARITIME)

面積:4,7 km2

人口:2,263人(2021年現在)

写真1枚目:Photoed by zurban139 – Flickr

写真2, 7枚目:Photoed by dynamosquito – Flickr

写真3, 4, 5枚目:Photoed by Globetrotteur17 – Flickr

2024年9月14日:ページ更新

行き方

シャラント・マリティーム県の中核都市ラ・ロシェルからバスが出ています。村内ではレンタル出来る自転車を利用して、レ島内を巡るのもお勧め。

 

レ島には「ラ・フロット」と「アルス・アン・レ」という2つの「フランスの最も美しい村」があるので、併せて見てまわるのがお勧めです。

パリ・モンパルナス駅(Paris Montparnasse 1 et 2)からTGVに乗って、ラ・ロシェル駅(La Rochelle)下車。(約2時間50分)

 

ラ・ロシェル駅前停留所(LA ROCHELLE Gare SNCF)からヌーヴェル・アキテーヌ交通(Transports Nouvelle-Aquitaine)150番のバスに乗って、サン・マルタン・ド・レ/コニャック・ジェ停留所(SAINT-MARTIN-DE-RÉ /Cognacq-Jay)下車(約1時間10分)

パリから500km(約5時間10分)

ナント(Nantes)から160km(約2時間60分)

パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から530km(約5時間40分)

ナント・アトランティック空港から160km(約2時間20分)




サン・マルタン・ド・レのお勧めホテル

イル・ド・レ(レ島)にある美しい村々を訪れるなら、サン・マルタン・ド・レに泊ってみてはいかがでしょうか?

 

フランスの最も美しい村の予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。今回はサン・マルタン・ド・レにあるお勧めのホテルを紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。

Booking.comの総合スコア9.7と高評価なこの宿泊施設は、たくさんのボートが停泊する港に面して位置しています。中心市街地からも近いので、村の散策にも便利。大人の可愛さに溢れた客室は、まるでお姫様になったかのような空間です。5つ星のホテルなので、最高のおもてなしで皆様を迎えてくれますよ!ニーズに応じて部屋を選ぶことができ、料金は2名1泊で360€~1440€です。

Booking.comのロケーションスコア9.8と高評価なこの宿泊施設は、中心市街地の趣ある港沿いに位置しているため街の散策に便利なホテル。白を基調として海をテーマとした可愛らしい飾りつけのある客室は、リゾート地らしい雰囲気があって好印象です。太陽の光が降り注ぐ中庭では、のんびりと朝食を取ることも出来ますよ。ニーズに応じて部屋を選ぶことができ、料金は2名1泊で80€~140€です。




サン・マルタン・ド・レ近郊の美しい村

ラ・フロット

この街と隣接した場所に佇む美しい村で、毎日開催される朝市が名物になっています。ヴォーバンの建築に興味のある方は、村の郊外にある要塞ラ・プレも併せて訪れると良いでしょう。

アルス・アン・レ

レ島をさらに奥に進んだところにあり、白と黒のユニークな尖塔を持つサン・テティエンヌ教会がシンボルです。塩を生産するための田んぼでも有名で、眺めの良いハイキングコースがあります。