
シャルトル/Chartres
【シャルトル・ブルーが輝く大聖堂の街】
パリから1時間ほどで訪れることの出来るこの街は、
フランス王侯貴族に愛されたロワール地方の玄関口。
単独の世界遺産にも登録されている、
12世紀に建てられたシャルトル大聖堂は、
フランスゴシック様式の傑作として名高い。
夜になると街の至る所がライトアップされ、
幻想的な光と共に訪れる人々を魅了する。

シャルトル/Chartres
【シャルトル・ブルーが輝く大聖堂の街】
パリから1時間ほどで訪れることの出来るこの街は、フランス王侯貴族に愛されたロワール地方の玄関口。
単独の世界遺産にも登録されている、12世紀に建てられたシャルトル大聖堂は、フランスゴシック様式の傑作として名高い。
夜になると街の至る所がライトアップされ、幻想的な光と共に訪れる人々を魅了する。

世界遺産:シャルトル大聖堂
この街のノートルダム大聖堂は聖母マリアに捧げられ、1145年から建設が始まった。1194年の大火災により全壊してしまうが、その後13世紀前半までの短い期間の間に建築や彫刻・ステンドグラスなどが完成したため、フランスゴシック様式の統一感ある建築美が高い評価を得ている。
シャルトル大聖堂は中世フランスにおける宗教建築の礎を築き、世界遺産にも登録されるランスのノートルダム大聖堂をはじめアミアンやボーヴェなどの教会がこの街の大聖堂をモデルとして建てられた。またドイツやイギリス、スペインなどフランス国外にも大きな影響を与えたことが知られている。こうした重要性が評価され、1979年より『シャルトル大聖堂』としてユネスコの世界遺産に登録されている。
世界遺産:シャルトル大聖堂

この街のノートルダム大聖堂は聖母マリアに捧げられ、1145年から建設が始まった。
1194年の大火災により全壊してしまうが、その後13世紀前半までの短い期間の間に建築や彫刻・ステンドグラスなどが完成したため、フランスゴシック様式の統一感ある建築美が高い評価を得ている。
シャルトル大聖堂は中世フランスにおける宗教建築の礎を築き、世界遺産にも登録されるランスのノートルダム大聖堂をはじめアミアンやボーヴェなどの教会がこの街の大聖堂をモデルとして建てられた。
またドイツやイギリス、スペインなどフランス国外にも大きな影響を与えたことが知られている。
こうした重要性が評価され、1979年より『シャルトル大聖堂』としてユネスコの世界遺産に登録されている。
シャルトル大聖堂の魅力①:建築
大聖堂の正面は、左右非対称の鐘楼が印象的である。南側(建物を背にして左手)に位置する鐘楼は1160年に完成したもので、ロマネスク様式と紹介されることもあるが、フランスで初めてゴシック様式で作られた尖塔とも考えられている。また北側(建物を背にして右手)の塔は16世紀に再建されたもので、後期ゴシック様式(フランボワイヤン・ゴシック様式)で建てられている。
教会内は高さ37mに及ぶ開放感ある空間が広がり、高さを追求したゴシック建築の魅力を十分に楽しむことが出来る。また9~11世紀に造られた、ロマネスク様式の地下礼拝堂も残されている。長い廊下を備えた地下空間はフランスでも最大規模を誇り、中世には巡礼者が寝泊まりをしたり治療を受けたりしていたと考えられている。

シャルトル大聖堂の魅力①:建築

大聖堂の正面は、左右非対称の鐘楼が印象的である。
南側(建物を背にして左手)に位置する鐘楼は1160年に完成したもので、ロマネスク様式と紹介されることもあるが、フランスで初めてゴシック様式で作られた尖塔とも考えられている。
また北側(建物を背にして右手)の塔は16世紀に再建されたもので、後期ゴシック様式(フランボワイヤン・ゴシック様式)で建てられている。
教会内は高さ37mに及ぶ開放感ある空間が広がり、高さを追求したゴシック建築の魅力を十分に楽しむことが出来る。
また9~11世紀に造られた、ロマネスク様式の地下礼拝堂も残されている。
長い廊下を備えた地下空間はフランスでも最大規模を誇り、中世には巡礼者が寝泊まりをしたり治療を受けたりしていたと考えられている。

シャルトル大聖堂の魅力②:彫刻と聖遺物
建物の出入り口である門を彩る人物像の数はゆうに千を超え、初期ゴシック芸術の美しさを余すところなく感じることが出来る。その中でも最も古く有名なのは西側にある「王の門」で、12世紀中頃に造られた。扉上部には建物を背にして中央が「栄光のキリスト」、右側は「受胎告知」と「荘厳の聖母」、左側には「キリストの昇天」をそれぞれモチーフとしたタンパンが描かれている。
また建物内には、数々の貴重な聖遺物や宗教美術が祀られている。特に聖母マリアがキリスト誕生の日にまとっていたとされる聖衣は、10世紀に西フランク王国の初代国王であるシャルル2世より贈られたとの伝説が残る由緒正しき品である。その存在から中世には巡礼の要所となり、多くの敬虔なキリスト教徒が大聖堂を訪れた。
シャルトル大聖堂の魅力②:彫刻と聖遺物

建物の出入り口である門を彩る人物像の数はゆうに千を超え、初期ゴシック芸術の美しさを余すところなく感じることが出来る。
その中でも最も古く有名なのは西側にある「王の門」で、12世紀中頃に造られた。
扉上部には建物を背にして中央が「栄光のキリスト」、右側は「受胎告知」と「荘厳の聖母」、左側には「キリストの昇天」をそれぞれモチーフとしたタンパンが描かれている。
また建物内には、数々の貴重な聖遺物や宗教美術が祀られている。
特に聖母マリアがキリスト誕生の日にまとっていたとされる聖衣は、10世紀に西フランク王国の初代国王であるシャルル2世より贈られたとの伝説が残る由緒正しき品である。
その存在から中世には巡礼の要所となり、多くの敬虔なキリスト教徒が大聖堂を訪れた。
シャルトル大聖堂の魅力③:ステンドグラス
この大聖堂を何よりも魅力的なものとしているのは、12~13世紀に制作されたステンドグラスである。その総面積は2600㎡にも及び、聖書の物語をモチーフに170以上のガラス窓が中世のまま変わらず受け継がれている。キリストの先祖を描いた「エッサイの樹」や「最後の審判」の場面を描いたバラ窓など、青を基調とした荘厳な空間が美しい。
その中でも有名なのは聖母マリアを描いたもので、ステンドグラスの「モナリザ」とも称される最高傑作として知られる。1180年にロマネスク様式で作られたもので、12世紀末の倒壊後に残された数少ない遺物の一つでもある。特に聖母のまとう衣に用いられた明るく幻想的な青い光は「シャルトル・ブルー」の名で呼ばれ、13世紀ゴシック様式の暗い青色との対比の中で、神々しい雰囲気を醸し出している。

シャルトル大聖堂の魅力③:ステンドグラス

この大聖堂を何よりも魅力的なものとしているのは、12~13世紀に制作されたステンドグラスである。
その総面積は2600㎡にも及び、聖書の物語をモチーフに170以上のガラス窓が中世のまま変わらず受け継がれている。
キリストの先祖を描いた「エッサイの樹」や「最後の審判」の場面を描いたバラ窓など、青を基調とした荘厳な空間が美しい。
その中でも有名なのは聖母マリアを描いたもので、ステンドグラスの「モナリザ」とも称される最高傑作として知られる。
1180年にロマネスク様式で作られたもので、12世紀末の倒壊後に残された数少ない遺物の一つでもある。
特に聖母のまとう衣に用いられた明るく幻想的な青い光は「シャルトル・ブルー」の名で呼ばれ、13世紀ゴシック様式の暗い青色との対比の中で、神々しい雰囲気を醸し出している。

国際ステンドグラスセンター
ノートルダム大聖堂からすぐの場所に佇むのは、国際ステンドグラスセンター。1980年に設立されて以来、ステンドグラスの製造技術に関する保存・教育施設として活用されている。またフランスで唯一のステンドグラスに関する美術館も併設され、中世から現代にかけての70点以上の作品が展示されている。
国際ステンドグラスセンターが佇む、ロエンスの屋敷(アンクロ・ド・ロエンス)も必見。13世紀に聖堂参事会が農民から集めた税(穀物など)を保管する倉庫として建てたもので、牢屋として用いる部屋も備えていた。交差するアーチが美しいゴシック様式の建物で、角に彫られたコイン形の装飾からはテンプル騎士団の建築様式から影響を受けていることを伺うことが出来る。
国際ステンドグラスセンター

ノートルダム大聖堂からすぐの場所に佇むのは、国際ステンドグラスセンター。
1980年に設立されて以来、ステンドグラスの製造技術に関する保存・教育施設として活用されている。
またフランスで唯一のステンドグラスに関する美術館も併設され、中世から現代にかけての70点以上の作品が展示されている。
国際ステンドグラスセンターが佇む、ロエンスの屋敷(アンクロ・ド・ロエンス)も必見。
13世紀に聖堂参事会が農民から集めた税(穀物など)を保管する倉庫として建てたもので、牢屋として用いる部屋も備えていた。
交差するアーチが美しいゴシック様式の建物で、角に彫られたコイン形の装飾からはテンプル騎士団の建築様式から影響を受けていることを伺うことが出来る。
サン・ピエール教会
サン・ピエール教会も、この街の重要な宗教建築の1つ。その歴史は7世紀に遡るとされ、フランク国王だったクローヴィス2世の王妃バルティルドによって設立されたサン・ペール・アン・ヴァレ大修道院の付属教会として建てられた。大修道院は1790年にその役割を終え、現在は高校の一部として活用されている。
西側にある塔は10世紀に再建された際のもので、サン・ピエール教会で最も古い建物となっている。現在の姿は12世紀終わりから13世紀にかけて再建された際のもので、美しいゴシック様式が用いられている。教会内には13世紀のステンドグラスが残り、この街のガラス職人の技術と芸術性の高さをより深く理解することが出来る。

サン・ピエール教会

サン・ピエール教会も、この街の重要な宗教建築の1つ。
その歴史は7世紀に遡るとされ、フランク国王だったクローヴィス2世の王妃バルティルドによって設立されたサン・ペール・アン・ヴァレ大修道院の付属教会として建てられた。
大修道院は1790年にその役割を終え、現在は高校の一部として活用されている。
西側にある塔は10世紀に再建された際のもので、サン・ピエール教会で最も古い建物となっている。
現在の姿は12世紀終わりから13世紀にかけて再建された際のもので、美しいゴシック様式が用いられている。
教会内には13世紀のステンドグラスが残り、この街のガラス職人の技術と芸術性の高さをより深く理解することが出来る。

シャルトル美術館
この街に美術館が設けられたのは、1833年の事。元々は市庁舎の一室で展示が行われていたが、1939年に大聖堂のすぐ近くにある司祭が生活をするための館へと移転した。ルネサンス期~20世紀までの絵画のコレクションが充実しているほか、16世紀フランスを代表するエナメル細工師レオナール・リムーザンの手掛けた12使徒などが見どころ。
司教館は、1594年にフランス国王も滞在した由緒正しき建物。その歴史は12世紀に遡り、その後増改築を繰り返しながら18世紀に現在の姿となる。ピンク色のレンガと白い石が織りなす、美しいコントラストが印象的である。また入口にある門や階段の手すりなど、ルイ15世様式の見事な鉄の装飾も大きな魅力となっている。
シャルトル美術館

この街に美術館が設けられたのは、1833年の事。
元々は市庁舎の一室で展示が行われていたが、1939年に大聖堂のすぐ近くにある司祭が生活をするための館へと移転した。
ルネサンス期~20世紀までの絵画のコレクションが充実しているほか、16世紀フランスを代表するエナメル細工師レオナール・リムーザンの手掛けた12使徒などが見どころ。
司教館は、1594年にフランス国王も滞在した由緒正しき建物。
その歴史は12世紀に遡り、その後増改築を繰り返しながら18世紀に現在の姿となる。
ピンク色のレンガと白い石が織りなす、美しいコントラストが印象的である。
また入口にある門や階段の手すりなど、ルイ15世様式の見事な鉄の装飾も大きな魅力となっている。
光のシャルトル
街の中にある約30カ所の建物が、光の芸術によって彩られる「シャルトル・アン・リュミエール(光のシャルトル)」。毎年4月の中旬から1月上旬にかけて長期に渡って開催されるのが特徴で、その期間の長さはフランス国内でも類を見ない。
2002年に開催された「光の祭典」の後を受けて、2003年より現在のような長期間のイルミネーションが実現し、今ではこの街の名物となっている。とりわけ大聖堂を彩るプロジェクションマッピングは、圧巻の光景である。9月中旬にメインイベントである「光の祭典」も開催され、街はより一層の光と音に包まれる。

光のシャルトル

街の中にある約30カ所の建物が、光の芸術によって彩られる「シャルトル・アン・リュミエール(光のシャルトル)」。
毎年4月の中旬から1月上旬にかけて長期に渡って開催されるのが特徴で、その期間の長さはフランス国内でも類を見ない。
2002年に開催された「光の祭典」の後を受けて、2003年より現在のような長期間のイルミネーションが実現し、今ではこの街の名物となっている。
とりわけ大聖堂を彩るプロジェクションマッピングは、圧巻の光景である。
9月中旬にメインイベントである「光の祭典」も開催され、街はより一層の光と音に包まれる。

魅力あふれる中心市街地
穏やかな流れのウール川沿いの地区から丘の上にある大聖堂まで広がっているこの街の歴史地区は、褐色の屋根の下に佇む大人の落ち着いた雰囲気が魅力。川沿いはかつて染物屋や皮なめし工など職人が生活を営んでいた地域で、下町風情ある心が落ち着くような散歩道が続く。
中世に最も栄えていたのは、定期的に市が開催されていた広場プラス・デ・ザルを中心としたエリア。すぐ近くには17世紀前半に建設されたレンガ造りの見事な邸宅、オテル・モンテスコが佇む。また大聖堂から少し下った先にあるベルト王妃の家は、外観から螺旋階段上になっているのがわかる特徴的な建物である。
魅力あふれる中心市街地

穏やかな流れのウール川沿いの地区から丘の上にある大聖堂まで広がっているこの街の歴史地区は、褐色の屋根の下に佇む大人の落ち着いた雰囲気が魅力。
川沿いはかつて染物屋や皮なめし工など職人が生活を営んでいた地域で、下町風情ある心が落ち着くような散歩道が続く。
中世に最も栄えていたのは、定期的に市が開催されていた広場プラス・デ・ザルを中心としたエリア。
すぐ近くには17世紀前半に建設されたレンガ造りの見事な邸宅、オテル・モンテスコが佇む。
また大聖堂から少し下った先にあるベルト王妃の家は、外観から螺旋階段上になっているのがわかる特徴的な建物である。
メゾン・デュ・ソモン
同じく歴史地区に佇むメゾン・デュ・ソモンは、16世紀に建てられた木組みの民家。フランス語で「鮭の家」の名前が付けられているように、ファサードには見事な鮭の装飾が刻まれている。目の前の広場で中世に魚市場が開催されていたことに由来しており、現在も建物の面する道路は「魚屋通り」の名で呼ばれている。
その他にも『受胎告知』や『聖ミカエルと龍』といった宗教的テーマや、暴れる豚や葡萄の樹など動植物をモチーフとした彫刻があるため探してみるのが楽しい。現在は観光案内所として用いられているので、散策の拠点として立ち寄ってみると良いだろう。

メゾン・デュ・ソモン

同じく歴史地区に佇むメゾン・デュ・ソモンは、16世紀に建てられた木組みの民家。
フランス語で「鮭の家」の名前が付けられているように、ファサードには見事な鮭の装飾が刻まれている。
目の前の広場で中世に魚市場が開催されていたことに由来しており、現在も建物の面する道路は「魚屋通り」の名で呼ばれている。
その他にも『受胎告知』や『聖ミカエルと龍』といった宗教的テーマや、暴れる豚や葡萄の樹など動植物をモチーフとした彫刻があるため探してみるのが楽しい。
現在は観光案内所として用いられているので、散策の拠点として立ち寄ってみると良いだろう。

ピカシエットの家
この街の一般市民レイモン・イジドールが、約30年近くかけて装飾を行った自宅ピカシエットの家は知られざる名所。外壁や庭、内装に至るまで、自宅の敷地に存在する全てのものがモザイク模様に装飾されている。その中でも青を基調とした礼拝堂は、特に見応えがある。
イジドールはモザイク画に用いるためのガラスや陶器のお皿のかけらを求めて、毎日数キロも探しては持ち帰っていた。ピカシエットはパブロ・ピカソの名から着想を得たペンネームで、独学ながら自身の内側からわきあがる衝動のままに表現したアール・ブリュットの作品として高い評価を得ている。
ピカシエットの家

この街の一般市民レイモン・イジドールが、約30年近くかけて装飾を行った自宅ピカシエットの家は知られざる名所。
外壁や庭、内装に至るまで、自宅の敷地に存在する全てのものがモザイク模様に装飾されている。
その中でも青を基調とした礼拝堂は、特に見応えがある。
イジドールはモザイク画に用いるためのガラスや陶器のお皿のかけらを求めて、毎日数キロも探しては持ち帰っていた。
ピカシエットはパブロ・ピカソの名から着想を得たペンネームで、独学ながら自身の内側からわきあがる衝動のままに表現したアール・ブリュットの作品として高い評価を得ている。
オテル・デ・ポスト
中心市街地に佇む物語のお城のような建物は、1923~1928年にかけて建設されたかつての中央郵便局。シャルトル近郊の街リュセ出身の建築士ラウル・ブランドンが手掛け、外装に円柱を用いることを特徴とする新古典派様式や曲線美が華やかなアール・ヌーヴォーが採用されている。
外壁を彩るモザイク画は平和をテーマとしており、ビザンチン芸術からインスピレーションを得ている。2007年からは本や雑誌などの印刷物やCDやDVDなどの視聴覚メディアの所蔵・貸し出しを行う、メディアライブラリーとして活用されている。

オテル・デ・ポスト

中心市街地に佇む物語のお城のような建物は、1923~1928年にかけて建設されたかつての中央郵便局。
シャルトル近郊の街リュセ出身の建築士ラウル・ブランドンが手掛け、外装に円柱を用いることを特徴とする新古典派様式や曲線美が華やかなアール・ヌーヴォーが採用されている。
外壁を彩るモザイク画は平和をテーマとしており、ビザンチン芸術からインスピレーションを得ている。
2007年からは本や雑誌などの印刷物やCDやDVDなどの視聴覚メディアの所蔵・貸し出しを行う、メディアライブラリーとして活用されている。

街の名物:パテ・ド・シャルトル
この街を代表する名物料理が、肉のテリーヌのパイ包み焼き「パテ・ド・シャルトル」。その歴史は16世紀に遡るとされ、フランス国王アンリ4世のために考案された。19世紀にはヴィクトル・ユゴーやアナトール・フランス、アレクサンドル・デュマなどフランスを代表する文豪の作品にも登場する。
元々は小鳥を狩猟した際に作られる料理だったが、現代では鴨や雉、ヤマウズラの肉にフォアグラを加えて調理されるのが一般的となっている。手間と時間のかかるこの料理は、ぜひとも本場で味わいたい逸品である。
街の名物:パテ・ド・シャルトル

この街を代表する名物料理が、肉のテリーヌのパイ包み焼き「パテ・ド・シャルトル」。
その歴史は16世紀に遡るとされ、フランス国王アンリ4世のために考案された。
19世紀にはヴィクトル・ユゴーやアナトール・フランス、アレクサンドル・デュマなどフランスを代表する文豪の作品にも登場する。
元々は小鳥を狩猟した際に作られる料理だったが、現代では鴨や雉、ヤマウズラの肉にフォアグラを加えて調理されるのが一般的となっている。
手間と時間のかかるこの料理は、ぜひとも本場で味わいたい逸品である。
シャルトルについて詳しく知りたい!
基本情報

ウール・エ・ロワール県シャルトル/Chartres (EURE-ET-LOIR)
面積:16,85 km2
人口:4万人(2022年現在)
写真2枚目:Photoed by Joe Shlabotnik – Flickr
写真4枚目:Photoed by guy_dugas – pixabay.com
写真6枚目:Photoed by Allie_Caulfield – Flickr
写真7枚目:Photoed by Noj Han – Flickr
写真8, 10, 11枚目:Photoed by jockrutherford – Flickr
写真9枚目:Photoed by Herbert Bieser – pixabay.com
写真12枚目:Photoed by Julien Chatelain – Flickr
写真16枚目:Photoed by Sjaak Kempe – Flickr
写真17枚目:Photoed by David Brossard – Flickr
写真18枚目:Photoed by Tony Hisgett – Flickr
2025年1月7日:ページ更新
ミシュラン星付きレストラン

2024年のミシュランガイドで1つ星を獲得した、レストランを紹介させて頂きます。
1900年に初めて発行されたミシュランガイドで既に紹介されている老舗レストランで、四つ星ホテル「ル・グラン・モナルク」の中で営業をしています。名物は何といっても100年以上に渡って提供し続けている「グラン・マルニエのスフレ」で、軽い食感とビターオレンジの薫りが見事に調和しています。
前菜+メインもしくはメイン+デザートで構成されるお昼のコースは52€から。歴史地区の入り口に位置しているため、街の散策の合間に美味しい食事をしたいという方にもお勧めです。
特産品

世界遺産を有する観光都市なので、街には多くのお土産物屋が軒を連ねています。
ここではシャルトルを訪れたらぜひ味わいたい、お勧めの味を紹介させて頂きます。
この街を代表する銘菓として有名なのが、プラリネ・チョコレートを真っ白なメレンゲで包んだお菓子メンチコフ(mentchikoffs)。お店ごとに少しづつ異なるメンチコフが並んでいて、おしゃれなパッケージングも人気の秘訣となっています。
名前は17~18世紀にロシア帝国の大元帥アレクサンドル・メーンシコフにちなんでいます。ドイツ,オーストリア/ハンガリー,イタリアの三国同盟に対抗して、1893年にフランスとロシアで軍事協定が結ばれたことを記念して考案されました。
シャルトルのお勧めホテル

フランス・ロワール地方にある美しい村々を訪れるなら、シャルトルを拠点にしてみてはいかがでしょうか?
ホテルの予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。この街にあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。
Booking.comのロケーションスコア9.4と高評価なこの宿泊施設は、シャルトル中心市街地から徒歩10分ほどの場所の閑静な場所に佇んでいます。白とグレーを基調とした客室は、落ち着いた色合いでゆっくりと休むのにも最適。綺麗に手入れされたお庭も、ホテルの魅力を高めています。料金は2名1泊で130€(朝食込)です。
Booking.comのロケーションスコア9.5と高評価なこの宿泊施設は、この街の歴史地区の入り口に佇んでいるため街の散策に便利。24時間対応のフロントがあるため、初めてフランスに旅行されるという方も安心してご利用頂けます。ミシュラン星付きレストランの項目でも紹介している『ル・ジョルジュ』も、ホテルの中で営業をしています。落ち着いた雰囲気の客室は、大人で上品な内装が印象的。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で180€~330€(朝食別)です。
シャルトル近郊の美しい村
ラ・ロシュ・ギュイヨン
パリ近郊のイル・ド・フランス地域圏に佇む、唯一の美しい村です。隠し通路によって結ばれた2つの城は、乳白色の石で建てられたエレガントな街を見守っています。
イェーヴル・ル・シャテル
パリからロワール地方へと向かう、入口に佇む美しい村です。村全体がまるで庭園の様になっており、道路わきには色とりどりの花が咲いていますよ!


