
バイユー/Bayeux
【刺繍画が英雄の物語を伝える街】
ユネスコの『世界記憶遺産』に登録される、
バイユーのタペストリーが世界的に有名なこの街。
ノルマンディー地方の宗教建築として特に評価の高い、
ノートルダム大聖堂が街の中心に佇んでいる。
オール川のほとりに広がる中心市街地には、
木組みの民家や豪華絢爛な館などが軒を連ね、
かつての栄華を今に伝えている。

バイユー/Bayeux
【刺繍画が英雄の物語を伝える街】
ユネスコの『世界記憶遺産』に登録される、バイユーのタペストリーが世界的に有名なこの街。
ノルマンディー地方の宗教建築として特に評価の高い、ノートルダム大聖堂が街の中心に佇んでいる。
オール川のほとりに広がる中心市街地には、木組みの民家や豪華絢爛な館などが軒を連ね、かつての栄華を今に伝えている。

街の歴史
紀元前から既に都市が形作られ、3世紀終わりには城壁に囲まれた街として発展していた。924年には、後のノルマンディー公国の礎を築くヴァイキングの指導者ロロの領地となる。中世にはノルマンディー公国でルーアンに次いで2番目に重要な都市として栄え、960年には3代目ノルマンディー公リシャール1世により城が築かれた。
1773年にフランス国王ルイ16世の命により、バイユー城及び城壁の取り壊しが行われる。それでも17世紀から続くレース織産業などで栄え、街中には煌びやかな邸宅が数多く残されている。第二次世界大戦ではドイツ軍から初めて解放された都市となり、ノルマンディー上陸作戦記念館やイギリス軍墓地などもある。
街の歴史

紀元前から既に都市が形作られ、3世紀終わりには城壁に囲まれた街として発展していた。
924年には、後のノルマンディー公国の礎を築くヴァイキングの指導者ロロの領地となる。
中世にはノルマンディー公国でルーアンに次いで2番目に重要な都市として栄え、960年には3代目ノルマンディー公リシャール1世により城が築かれた。
1773年にフランス国王ルイ16世の命により、バイユー城及び城壁の取り壊しが行われる。
それでも17世紀から続くレース織産業などで栄え、街中には煌びやかな邸宅が数多く残されている。
第二次世界大戦ではドイツ軍から初めて解放された都市となり、ノルマンディー上陸作戦記念館やイギリス軍墓地などもある。
世界記憶遺産:バイユーのタペストリー
11世紀に制作されたバイユーのタペストリーは、全長70mにも及ぶこの街を象徴する文化財。「征服王」の異名を持つノルマンディー公ギヨーム2世が、イングランドを征服するまでの物語を描いたものである。戦いに勝利した後の1066年には、現在のイギリス王室の起源となるノルマン朝を開き初代イギリス国王ウィリアム1世となった。
600人以上の人物と1000匹近くの動物を用いて描き出された刺繍画は、世界的にも稀な歴史資料であると共にロマネスク美術の大作。そうした重要性が評価され、2007年からはユネスコの「世界記憶遺産」に登録されている。ギヨーム・ル・コンケラン(征服王ウィリアム1世)センター内にある、バイユー・タペストリー美術館にて展示が行われている。

世界記憶遺産:バイユーのタペストリー

11世紀に制作されたバイユーのタペストリーは、全長70mにも及ぶこの街を象徴する文化財。
「征服王」の異名を持つノルマンディー公ギヨーム2世が、イングランドを征服するまでの物語を描いたものである。
戦いに勝利した後の1066年には、現在のイギリス王室の起源となるノルマン朝を開き初代イギリス国王ウィリアム1世となった。
600人以上の人物と1000匹近くの動物を用いて描き出された刺繍画は、世界的にも稀な歴史資料であると共にロマネスク美術の大作。
そうした重要性が評価され、2007年からはユネスコの「世界記憶遺産」に登録されている。
ギヨーム・ル・コンケラン(征服王ウィリアム1世)センター内にある、バイユー・タペストリー美術館にて展示が行われている。

ノートルダム大聖堂
イギリス国王ウィリアム1世の兄弟だったオドン・ド・コントヴィル司教によって、11世紀に建てられたノートルダム大聖堂。建設当初のロマネスク様式の面影を留めながらも、12世紀以降はゴシック様式で増改築がなされる。特に鐘楼の一階部分は初期ノルマンディー風ロマネスク様式、最奥部の内陣はノルマンディー風ゴシック様式の特徴が色濃く表れている。
バイユーのタペストリーも元々はこの教会を彩るために作成されたもので、長らくこの大聖堂内で保管されていた。19世紀フランスを代表する楽器職人、カヴァイエ・コルの手掛けたオルガンは見応えがある。またロマネスク様式の地下礼拝堂も必見で、円柱に施された繊細な彫刻が美しい。
ノートルダム大聖堂

イギリス国王ウィリアム1世の兄弟だったオドン・ド・コントヴィル司教によって、11世紀に建てられたノートルダム大聖堂。
建設当初のロマネスク様式の面影を留めながらも、12世紀以降はゴシック様式で増改築がなされる。
特に鐘楼の一階部分は初期ノルマンディー風ロマネスク様式、最奥部の内陣はノルマンディー風ゴシック様式の特徴が色濃く表れている。
バイユーのタペストリーも元々はこの教会を彩るために作成されたもので、長らくこの大聖堂内で保管されていた。
19世紀フランスを代表する楽器職人、カヴァイエ・コルの手掛けたオルガンは見応えがある。
またロマネスク様式の地下礼拝堂も必見で、円柱に施された繊細な彫刻が美しい。
司祭館
大聖堂の北側に佇んでいるのは、バイユー司教が生活をするための建物だった司祭館である。初めて建てられたのは16世紀の事で、ノルマンディー地方を代表する初期ルネサンス様式の建築として知られている。特に六角形のフォルムをした礼拝堂は見事で、8本の交差ヴォールトアーチが美しい模様を描いている。
1793年に宗教的な役割を終えると、1797年にはフランス革命の象徴である「自由の樹」が中庭に植えられる。フランスでも屈指の樹齢を誇る樹木は高さ30mを超え、大切に保護されている。司祭館は現在、市役所やバロン・ジェラール芸術・歴史博物館として活用されている。

司祭館

大聖堂の北側に佇んでいるのは、バイユー司教が生活をするための建物だった司祭館である。
初めて建てられたのは16世紀の事で、ノルマンディー地方を代表する初期ルネサンス様式の建築として知られている。
特に六角形のフォルムをした礼拝堂は見事で、8本の交差ヴォールトアーチが美しい模様を描いている。
1793年に宗教的な役割を終えると、1797年にはフランス革命の象徴である「自由の樹」が中庭に植えられる。
フランスでも屈指の樹齢を誇る樹木は高さ30mを超え、大切に保護されている。
司祭館は現在、市役所やバロン・ジェラール芸術・歴史博物館として活用されている。
バイユーについて詳しく知りたい!
基本情報

カルヴァドス県バイユー/Bayeux (CALVADOS)
面積:7,11 km2
人口:1,3万人(2022年現在)
写真1枚目:Photoed by Andy Hay – Flickr
写真2枚目:Photoed by dodo71 – pixabay.com
写真3, 5, 7枚目:Photoed by Dennis Jarvis – Flickr
写真4, 6枚目:Photoed by Frédéric BISSON – Flickr
2025年1月10日:ページ更新
バイユーのお勧めホテル

フランス・ノルマンディー地方にある美しい村々を訪れるなら、バイユーを拠点にしてみてはいかがでしょうか?
ホテルの予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。この街にあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。
Booking.comのロケーションスコア9.6と高評価なこの宿泊施設は、この街一番の見どころバイユー・タペストリー美術館から300mほどの場所に位置しているため街の散策に便利。手頃な値段から楽しめるレストランも併設されているため、ホテルにいながら食事を楽しめるのもお勧めな点です。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で140€~230€(朝食別)です。
Booking.comのロケーションスコア8.9と高評価なこの宿泊施設は、18世紀の邸宅を綺麗に改装したホテルです。目の前の広々とした庭には池があり、白鳥が顔をのぞかせることもある。注意点としては中心市街地までは徒歩で30分ほどの閑静な場所に佇んでいるため、車での移動手段があると便利です。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で230€~260€(朝食別)です。
バイユー近郊の美しい村
バルフルール
この街をさらに北上した、コタンタン半島の最奥部に佇む美しい漁村。タペストリーのモチーフとなった、初代イギリス国王ウィリアム1世ゆかりの村でもあるので併せて訪れるのがお勧めです。
ブーヴロン・アン・オージュ
この街と同じカルヴァドス県に佇む、田舎の魅力に溢れる農村。1975年に再建された市場を中心として、木組みの民家が建ち並ぶ街並みが訪れる人々を魅了しています。


