カルカッソンヌ/Carcassonne

 

【ヨーロッパ最大の城塞都市】

 

丘の上に佇む威厳溢れる中世の城の姿は圧巻で、

「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」

という称賛の言葉が語り継がれているほど。

城壁内には11世紀の大聖堂が佇んでおり、

「城塞都市の宝石」と形容されている。

麓には中世の計画都市バスティードが築かれ、

フランス南西部の魅力が詰まった街と言える。

カルカッソンヌ/Carcassonne

 

【ヨーロッパ最大の城塞都市】

 

丘の上に佇む威厳溢れる中世の城の姿は圧巻で、「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」という称賛の言葉が語り継がれているほど。

 

城壁内には11世紀の大聖堂が佇んでおり、「城塞都市の宝石」と形容されている。

 

麓には中世の計画都市バスティードが築かれ、フランス南西部の魅力が詰まった街と言える。




街の歴史

 

丘の上に本格的な町が築かれたのは、紀元前3世紀の事と言われている。紀元前122年にローマ帝国がこの地域を占領すると交通の要衝として栄え、3世紀に城壁が築かれるなど要塞化が進められた。その後460~725年にかけては西ゴート族、725年にはイスラム系アラブ人が支配。759年にフランス国王が制圧すると、その後はカルカッソンヌ子爵の治める封建地となる。

 

10世紀以降のフランス南西部では、異端と非難されたキリスト教徒であるカタリ派が急速に勢力を拡大した。カルカッソンヌ公もカタリ派の存在を擁護し続けていたが、ローマ教皇インノケンティウス3世に従うアルビジョワ十字軍によって1209年に陥落。その後はフランス国王の直轄地となり、由緒正しき城塞都市として繁栄がもたらされた。

街の歴史

丘の上に本格的な町が築かれたのは、紀元前3世紀の事と言われている。

 

紀元前122年にローマ帝国がこの地域を占領すると交通の要衝として栄え、3世紀に城壁が築かれるなど要塞化が進められた。

 

その後460~725年にかけては西ゴート族、725年にはイスラム系アラブ人が支配。

 

759年にフランス国王が制圧すると、その後はカルカッソンヌ子爵の治める封建地となる。

 

10世紀以降のフランス南西部では、異端と非難されたキリスト教徒であるカタリ派が急速に勢力を拡大した。

 

カルカッソンヌ公もカタリ派の存在を擁護し続けていたが、ローマ教皇インノケンティウス3世に従うアルビジョワ十字軍によって1209年に陥落。

 

その後はフランス国王の直轄地となり、由緒正しき城塞都市として繁栄がもたらされた。

世界遺産:歴史的城塞都市カルカッソンヌ

 

主に13世紀に築かれた城塞都市の姿は時が止まったかの様に残されており、1997年からはユネスコの世界遺産にも登録されるなど国際的に高い評価を得ている。全長3kmにも及ぶ2重の城壁や、52個にも及ぶ円形の塔。ナルボンヌ門やオード門という2つの城門など、中世の軍事技術の粋を集めて形作られた防衛システムに守られた街は圧巻である。

 

現在の見事な保存状態を語る上で欠かすことが出来ないのは、建築物の修復に関する近代的な科学的アプローチの礎を築いた19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクの貢献である。17世紀に起こったフランス・スペイン戦争の終結に伴い、軍事的な役割を失った城塞は徐々に廃墟と化してしまっていたが、大規模な修復によってかつての美しい姿を取り戻している。

世界遺産:歴史的城塞都市カルカッソンヌ

主に13世紀に築かれた城塞都市の姿は時が止まったかの様に残されており、1997年からはユネスコの世界遺産にも登録されるなど国際的に高い評価を得ている。

 

全長3kmにも及ぶ2重の城壁や、52個にも及ぶ円形の塔。

 

ナルボンヌ門やオード門という2つの城門など、中世の軍事技術の粋を集めて形作られた防衛システムに守られた街は圧巻である。

 

現在の見事な保存状態を語る上で欠かすことが出来ないのは、建築物の修復に関する近代的な科学的アプローチの礎を築いた19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクの貢献である。

 

17世紀に起こったフランス・スペイン戦争の終結に伴い、軍事的な役割を失った城塞は徐々に廃墟と化してしまっていたが、大規模な修復によってかつての美しい姿を取り戻している。

コンタル城

 

城塞都市の最奥部に位置しているのが、1130年頃にカルカッソンヌ子爵のために建てられたコンタル城である。建設当初は領主の権力を示すような、威厳ある華やかな住居としての性格が強かった。アルビジョワ十字軍の時代になり防衛面が重視され、徐々に今日のような城塞へと姿を変えていった。

 

特にフランス国王の直轄地となった13世紀以降は、行政的で軍事的な機能性が重視された。19世紀に行われたヴィオレ・ル・デュクの修復の際には、フランス北部でよく見られる青い石瓦を用いたとんがり屋根が採用されるなど、賛否両論ある大胆な解釈とアレンジが加えられている事も特徴となっている。

コンタル城

城塞都市の最奥部に位置しているのが、1130年頃にカルカッソンヌ子爵のために建てられたコンタル城である。

 

建設当初は領主の権力を示すような、威厳ある華やかな住居としての性格が強かった。

 

アルビジョワ十字軍の時代になり防衛面が重視され、徐々に今日のような城塞へと姿を変えていった。

 

特にフランス国王の直轄地となった13世紀以降は、行政的で軍事的な機能性が重視された。

 

19世紀に行われたヴィオレ・ル・デュクの修復の際には、フランス北部でよく見られる青い石瓦を用いたとんがり屋根が採用されるなど、賛否両論ある大胆な解釈とアレンジが加えられている事も特徴となっている。

サン・ナゼール・エ・サン・セルス大聖堂

 

カルカッソンヌの城壁内に佇む大聖堂の歴史は6世紀に遡り、イタリアおよび東ゴートを治めたテオドリック王の時代に殉職した聖ナザールと聖セルスに捧げられている。建物は11世紀にロマネスク様式で建てられた後、13世紀にゴシック様式を用いて拡張され、2つのスタイルが見事に調和している。教会内を彩るステンドグラスは、南フランスで最も美しいとまで謳われる。

 

1801年に周辺地域のキリスト教の管轄を担う司教座の地位が、城壁の外に位置するサン・ミシェル大聖堂へと移された。その後1898年より、ローマ教皇から正式にバジリカ聖堂を名乗ることが認められている。また見事な音を奏でるオルガンは、17世紀に制作された貴重な品としても知られている。

サン・ナゼール・エ・サン・セルス大聖堂

カルカッソンヌの城壁内に佇む大聖堂の歴史は6世紀に遡り、イタリアおよび東ゴートを治めたテオドリック王の時代に殉職した聖ナザールと聖セルスに捧げられている。

 

建物は11世紀にロマネスク様式で建てられた後、13世紀にゴシック様式を用いて拡張され、2つのスタイルが見事に調和している。

 

教会内を彩るステンドグラスは、南フランスで最も美しいとまで謳われる。

 

1801年に周辺地域のキリスト教の管轄を担う司教座の地位が、城壁の外に位置するサン・ミシェル大聖堂へと移された。

 

その後1898年より、ローマ教皇から正式にバジリカ聖堂を名乗ることが認められている。

 

また見事な音を奏でるオルガンは、17世紀に制作された貴重な品としても知られている。

ヴュー橋とトリヴァル地区

 

丘の上の城塞都市と後述のサン・ルイ地区を結ぶようにオード川に架けられた「ヴュー橋」は、14世紀初頭に建てられた。12個のアーチに支えられており、全長は225mにも及ぶ。現在は歩行者専用の橋であり、その上からは城塞都市を望む素晴らしい眺めが広がる人気のスポットとなっている。

 

ヴュー橋と城塞都市の間に位置しているのは、紡毛織物の製造を行うための王立製作所があったラ・トリヴァル地区。ルイ14世の財務総監として活躍したジャン=バティスト・コルベールによる主導で進められ、東地中海地域に質の高い布を輸出するために1696年に完成した。王立製作所の建物は2013年に改修が行われ、現在は城塞都市を管理する行政施設として活用されている。

ヴュー橋とトリヴァル地区

丘の上の城塞都市と後述のサン・ルイ地区を結ぶようにオード川に架けられた「ヴュー橋」は、14世紀初頭に建てられた。

 

12個のアーチに支えられており、全長は225mにも及ぶ。

 

現在は歩行者専用の橋であり、その上からは城塞都市を望む素晴らしい眺めが広がる人気のスポットとなっている。

 

ヴュー橋と城塞都市の間に位置しているのは、紡毛織物の製造を行うための王立製作所があったラ・トリヴァル地区。

 

ルイ14世の財務総監として活躍したジャン=バティスト・コルベールによる主導で進められ、東地中海地域に質の高い布を輸出するために1696年に完成した。

 

王立製作所の建物は2013年に改修が行われ、現在は城塞都市を管理する行政施設として活用されている。

サン・ルイ地区

 

13世紀にフランス国王ルイ9世が建設許可を出したことで知られるサン・ルイ地区は、「下町(ヴィル・バス)」の愛称でも呼ばれている。カルカッソンヌ市民の商業と居住の中心地となるように造られた中世の新しい計画都市バスティードで、碁盤の目の様に縦横に道路が交差しているのが特徴である。

 

中世では後述するそれぞれの教会を中心とする、2つの教区によって街が構成されていた。14世紀にはアルマニャック公の命により2,800mにも及ぶ城壁に囲まれており、ジャコバン門など現在もその面影が残されている。また1769年に建てられた穀物市場は、現在も常設市場として用いられ市民の台所として親しまれている。

サン・ルイ地区

13世紀にフランス国王ルイ9世が建設許可を出したことで知られるサン・ルイ地区は、「下町(ヴィル・バス)」の愛称でも呼ばれている。

 

カルカッソンヌ市民の商業と居住の中心地となるように造られた中世の新しい計画都市バスティードで、碁盤の目の様に縦横に道路が交差しているのが特徴である。

 

中世では後述するそれぞれの教会を中心とする、2つの教区によって街が構成されていた。

 

14世紀にはアルマニャック公の命により2,800mにも及ぶ城壁に囲まれており、ジャコバン門など現在もその面影が残されている。

 

また1769年に建てられた穀物市場は、現在も常設市場として用いられ市民の台所として親しまれている。

サン・ミシェル大聖堂

 

サン・ルイ地区の南側に1247年より建てられたサン・ミシェル大聖堂は、南仏風ゴシック様式の外観が印象的。百年戦争中の1355年にイングランド王太子だったエドワード黒太子の部隊からの襲撃によりサン・ルイ地区は壊滅的な被害を受け、復興の際に街の要塞化の一部として組み込まれたことから円柱状の塔など防衛的な設備の面影も残る。

 

1849年には大火災に見舞われたが、19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクにより修復された。直径8mのバラ窓が唯一の装飾として彩るファサード部分は、質素でありながらも威厳を感じることが出来る。元々は教区民のための教会として用いられていたが、1803年に司教座が移され大聖堂となった。

サン・ミシェル大聖堂

サン・ルイ地区の南側に1247年より建てられたサン・ミシェル大聖堂は、南仏風ゴシック様式の外観が印象的。

 

百年戦争中の1355年にイングランド王太子だったエドワード黒太子の部隊からの襲撃によりサン・ルイ地区は壊滅的な被害を受け、復興の際に街の要塞化の一部として組み込まれたことから円柱状の塔など防衛的な設備の面影も残る。

 

1849年には大火災に見舞われたが、19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクにより修復された。

 

直径8mのバラ窓が唯一の装飾として彩るファサード部分は、質素でありながらも威厳を感じることが出来る。

 

元々は教区民のための教会として用いられていたが、1803年に司教座が移され大聖堂となった。

サン・ヴァンサン教会

 

サン・ルイ地区の北側に1269年より建てられたのは、サン・ヴァンサン教会。しかしすぐに手狭になってしまったために、「端麗王」の異名を持つフランス国王フィリップ4世の寄贈を受けてすぐに拡張・再建が行われた。こちらも南仏風ゴシック様式の代表的な建築として知られ、約20mの身廊はフランスで2番目の大きさを誇る。

 

教会内で一際存在感を放っているのは、15世紀のバラ窓とステンドグラスである。また17~18世紀に制作された、豊富な教会美術も見どころとなっている。八角形のフォルムが印象的な鐘楼は高さ54mに達し、総数232段の階段から登ることが出来る。塔の上からは、この街を見渡す絶景が広がっている。

サン・ヴァンサン教会

サン・ルイ地区の北側に1269年より建てられたのは、サン・ヴァンサン教会。

 

しかしすぐに手狭になってしまったために、「端麗王」の異名を持つフランス国王フィリップ4世の寄贈を受けてすぐに拡張・再建が行われた。

 

こちらも南仏風ゴシック様式の代表的な建築として知られ、約20mの身廊はフランスで2番目の大きさを誇る。

 

教会内で一際存在感を放っているのは、15世紀のバラ窓とステンドグラスである。

 

また17~18世紀に制作された、豊富な教会美術も見どころとなっている。

 

八角形のフォルムが印象的な鐘楼は高さ54mに達し、総数232段の階段から登ることが出来る。

 

塔の上からは、この街を見渡す絶景が広がっている。

カルカッソンヌ美術館とジョー・ブスケ記念館

 

旧裁判所の建物を再活用して、1836年に開業したカルカッソンヌ美術館。1876年より翼棟が付け加えられるなど拡張工事が行われ、現在の姿となっている。17~20世紀のコレクションが充実している他、帝位を追われてエルバ島に流刑されたナポレオンが1815年に本土へと帰還した際に参考にしたと言われる風景画が見どころ。

 

17~18世紀には毛織物産業で栄え、その時代の豪華な邸宅なども見どころとなっている。ジョー・ブスケ記念館は15~18世紀にかけて建てられ、中世の美しい邸宅の代表例として知られている。建物内の一室で生活をした20世紀フランスの詩人、ジョー・ブスケにまつわる品の展示や再現された当時の寝室などを見ることが出来る。

カルカッソンヌ美術館とジョー・ブスケ記念館

旧裁判所の建物を再活用して、1836年に開業したカルカッソンヌ美術館。

 

1876年より翼棟が付け加えられるなど拡張工事が行われ、現在の姿となっている。

 

17~20世紀のコレクションが充実している他、帝位を追われてエルバ島に流刑されたナポレオンが1815年に本土へと帰還した際に参考にしたと言われる風景画が見どころ。

 

17~18世紀には毛織物産業で栄え、その時代の豪華な邸宅なども見どころとなっている。

 

ジョー・ブスケ記念館は15~18世紀にかけて建てられ、中世の美しい邸宅の代表例として知られている。

 

建物内の一室で生活をした20世紀フランスの詩人、ジョー・ブスケにまつわる品の展示や再現された当時の寝室などを見ることが出来る。

世界遺産:ミディ運河

 

現在も用いられている運河としてヨーロッパ最古であるミディ運河は、17世紀に国家プロジェクトとして建設された。かつて大西洋から地中海へと貨物を運ぶ際にはスペイン南部のジブラルタル海峡を通過してくるのが一般的だったが、ボルドーからトゥールーズを経て地中海へと向かう運河が完成したことで、大量輸送ルートが確立された。

 

当初の計画段階で財政的負担を拒否したこの街には運河が通過せず、その経済的恩恵を十分に受けることは出来なかった。ミディ運河完成から100年以上経た1810年にカルカッソンヌを通過するための追加工事が行われ、19世紀には河川舟運の重要都市として大きく発展することとなる。歴史的重要性や高い土木建築技術が評価され、1996年からはユネスコの世界遺産にも登録されている。

世界遺産:ミディ運河

現在も用いられている運河としてヨーロッパ最古であるミディ運河は、17世紀に国家プロジェクトとして建設された。

 

かつて大西洋から地中海へと貨物を運ぶ際にはスペイン南部のジブラルタル海峡を通過してくるのが一般的だったが、ボルドーからトゥールーズを経て地中海へと向かう運河が完成したことで、大量輸送ルートが確立された。

 

当初の計画段階で財政的負担を拒否したこの街には運河が通過せず、その経済的恩恵を十分に受けることは出来なかった。

 

ミディ運河完成から100年以上経た1810年にカルカッソンヌを通過するための追加工事が行われ、19世紀には河川舟運の重要都市として大きく発展することとなる。

 

歴史的重要性や高い土木建築技術が評価され、1996年からはユネスコの世界遺産にも登録されている。

カルカッソンヌについて詳しく知りたい!

基本情報

オード県カルカッソンヌ(カルカソンヌ)/Carcassonne (AUDE)

面積:65,08 km2

人口:46万人(2022年現在)

写真1枚目:Photoed by Goeppert – pixabay.com

写真2枚目:Photoed by Chensiyuan – Wikipedia

写真3枚目:Photoed by Pablo – Flickr

写真4枚目:Photoed by GBonzoms – pixabay.com

写真5枚目:Photoed by jackmac34 – pixabay.com

写真6枚目:Photoed by Henri Sivonen – Flickr

写真7, 14枚目:Photoed by Kent Wang – Flickr

写真8, 10, 12枚目:Photoed by Didier Descouens – Wikipedia

写真9枚目:Photoed by MathieuMD – Wikipedia

写真11枚目:Photoed by gavilla – pixabay.com

写真13枚目:Photoed by APB11 – Wikipedia

写真15枚目:Photoed by Dennis Jarvis – Flickr

2025年8月2日:ページ更新

行き方

パリからTGVに乗って、乗り換えの時間込みで6時間30分ほどかかります。またフランス南西部の中心都市、トゥールーズと併せて訪れるのも良いでしょう。

 

フランス南西部には美しい村や巡礼路上の宿場町が点在しているので、小さな村巡りの拠点の街としてもお勧めですよ。

パリ・モンパルナス駅(Paris Montparnasse 1 et 2)からTGVに乗って、トゥールーズ・マタビオ駅(Toulouse-Matabiau)で乗り換えて、カルカッソンヌ駅(Carcassonne)下車。(約6時間)

 

※直通は無く、乗り換えの駅は便によって異なるので注意してください。

パリから770km(約7時間40分)

トゥールーズから100km(約1時間20分)

パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から810km(約8時間10分)

トゥールーズ・ブラニャック空港から110km(約1時間20分)

ミシュラン星付きレストラン

2025年のミシュランガイドで星を獲得した、2つ星レストランを紹介させて頂きます。

中心市街地から離れた郊外の閑静なエリアに佇むのは、この街唯一のミシュラン2つ星レストンラン。「大地と海を結ぶ旅」をテーマに、その季節・その瞬間に最も美味しい食材を使った料理が提供されます。特に高い評価を受けているのは、こだわりの食材と共に大胆なアレンジが加えられたフランスの郷土料理です。

 

前菜+メイン+デザートで構成される、平日お昼のコース80€から。55€を追加すれば、料理に合わせたワインと一緒に食事を楽しむことも出来ますよ。

郷土料理

フランス屈指の観光の街として知られ、数多くのお店が建ち並んでいるため買い物には困りません。丘の上の城塞都市のエリアには小規模なお土産物屋が、その麓のサン・ルイ地区にはスーパーや高級ブランドのブティックなどが多いので目的に応じて使い分けると良いでしょう。

 

ここではカルカッソンヌを訪れたらぜひ味わいたい、お勧めの味を紹介させて頂きます。

白いんげん豆にお肉を加えた煮込み料理であるカスレは、フランス南西部の郷土料理です。「カソール(cassole)」と呼ばれる土鍋を用いて長時間煮込まれるのが特徴で、百年戦争中にカステルノーダリという街で考案されたとされています。

 

街によってもレシピは異なり、トゥールーズでは鴨肉のコンフィやソーセージと共に、世界遺産の街カルカッソンヌではヤマウズラや羊と共に煮込んだものが代表的なカスレとして知られています。それぞれ味わいが異なるので、フランス南西部を訪れたら食べ比べをしてみるのもお勧めですよ。




カルカッソンヌのお勧めホテル

フランス南西部にある美しい村々を訪れるなら、カルカッソンヌを拠点にしてみてはいかがでしょうか?

 

ホテルの予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。この街にあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。

Booking.comのロケーションスコア9.7と高評価なこの宿泊施設は、ヴュー橋と城塞都市の間にあるトリヴァル地区に位置しているため街の散策に便利。18世紀の建物が綺麗にリノベーションされており、かつて王立の紡毛織物製作所があった時代の面影を伺い知ることが出来ます。白を基調として客室は、シンプルで清潔感があります。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で110€~120€(朝食別)です。

Booking.comの総合スコア9.3と高評価なこの宿泊施設は、ミシュラン1つ星レストランを併設している5つ星ホテルです。世界遺産に登録されている城塞都市から800mほど離れた閑静な場所に佇んでおり、のんびりと羽を伸ばして滞在をすることが出来ます。ダークトーンを基調とした客室は、シックで落ち着きのある大人な空間が広がっていますよ。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で320€~500€(朝食別)です。

Booking.comの総合スコア9.1と高評価なこの宿泊施設は、高級ホテルグループ「ルレ・エ・シャトー」にも加盟する5つ星ホテル。美しい自然に囲まれた広大な敷地の中に佇んでいるお屋敷で、プライベートプールも備えているのでゆったりとした滞在に最適です。価格帯の異なる2つのレストランも備えているため、食事も同じ場所で楽しむことが出来ます。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で310€~510€(朝食別)です。



Booking.com




カルカッソンヌ近郊の美しい村

フランス南西部

防衛的な性格が色濃く残る中世の城下町や中世に新たに築かれた計画都市バスティードなど、この街と似た特徴を持つ美しい村がフランス南西部には点在しているので、ぜひお気に入りを探してみて下さいね。