アヴィニョン/Avignon

 

【国際ゴシック建築が花開いた教皇の街】

 

カトリック教徒の頂点である教皇が居を構えた、

ヨーロッパ史を語る上で欠かすことの出来ないこの街。

フランスの宮廷詩人ジャン・フロワサールが、

「世界で最も要塞化された邸宅」と称した

ローマ教皇のための宮殿が街の中心に佇んでいる。

また童謡でも有名な12世紀のアヴィニョン橋や、

アヴィニョン演劇祭などが世界中の人々を惹きつけている。

アヴィニョン/Avignon

 

【国際ゴシック建築が花開いた教皇の街】

 

カトリック教徒の頂点である教皇が居を構えた、ヨーロッパ史を語る上で欠かすことの出来ないこの街。

 

フランスの宮廷詩人ジャン・フロワサールが、「世界で最も要塞化された邸宅」と称したローマ教皇のための宮殿が街の中心に佇んでいる。

 

また童謡でも有名な12世紀のアヴィニョン橋や、アヴィニョン演劇祭などが世界中の人々を惹きつけている。




世界遺産:アヴィニョン歴史地区:教皇宮殿、大司教座の建造物群及びアヴィニョン橋

 

教皇庁がこの街へと置かれた14世紀の面影を、そのまま留める中心市街地が残る。大きな権力の下、イタリアを中心として世界中の高名な芸術家や建築家が集められ、フランスで独自に発展したゴシック様式と混じり合う。こうして一際洗練された宮廷文化が花開き、「国際ゴシック」と呼ばれる潮流を生み出す契機なった。

 

14~15世紀には文化の中心地としてヨーロッパ世界で広く影響を及ぼしたことで知られ、その象徴である歴史的建築物群は世界的にも高い評価を受けている。1995年より『アヴィニョン歴史地区』としてユネスコの世界遺産に登録されおり、2006年に現在の名称に変更されている。

世界遺産:アヴィニョン歴史地区:教皇宮殿、大司教座の建造物群及びアヴィニョン橋

教皇庁がこの街へと置かれた14世紀の面影を、そのまま留める中心市街地が残る。

 

大きな権力の下、イタリアを中心として世界中の高名な芸術家や建築家が集められ、フランスで独自に発展したゴシック様式と混じり合う。

 

こうして一際洗練された宮廷文化が花開き、「国際ゴシック」と呼ばれる潮流を生み出す契機なった。

 

14~15世紀には文化の中心地としてヨーロッパ世界で広く影響を及ぼしたことで知られ、その象徴である歴史的建築物群は世界的にも高い評価を受けている。

 

1995年より『アヴィニョン歴史地区』としてユネスコの世界遺産に登録されおり、2006年に現在の名称に変更されている。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):①歴史

 

この街の司教の名は439年の文献中に初めて現れ、その後も司教区の中心都市として一定の影響力を有してた。1309年にボルドーの大司教だったクレメンス5世が教皇に即位すると、教皇庁がローマからこの街へと移された。1377年まで約70年間に渡って続くことになるこの宗教的な大転換は、アヴィニョン捕囚の名で非難されることもある。

 

移転当初はアヴィニョン司教の住居が、教皇のための宮殿となった。その後1334年に教皇となったベネディクトゥス12世によって新たに造られた建物を旧宮殿(パレ・ヴィユー)、1342年に教皇となったクレメンス6世のよって拡張された建物を新宮殿(パレ・ヌフ)と区別して呼ばれる。全てを併せた総面積は15000平方メートルにも及び、世界で最も大きなゴシック様式の宮殿である。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):①歴史

この街の司教の名は439年の文献中に初めて現れ、その後も司教区の中心都市として一定の影響力を有してた。

 

1309年にボルドーの大司教だったクレメンス5世が教皇に即位すると、教皇庁がローマからこの街へと移された。

 

1377年まで約70年間に渡って続くことになるこの宗教的な大転換は、アヴィニョン捕囚の名で非難されることもある。

 

移転当初はアヴィニョン司教の住居が、教皇のための宮殿となった。

 

その後1334年に教皇となったベネディクトゥス12世によって新たに造られた建物を旧宮殿(パレ・ヴィユー)、1342年に教皇となったクレメンス6世のよって拡張された建物を新宮殿(パレ・ヌフ)と区別して呼ばれる。

 

全てを併せた総面積は15000平方メートルにも及び、世界で最も大きなゴシック様式の宮殿である。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):②旧宮殿

 

アヴィニョン教皇庁の北側に位置する旧宮殿は、要塞としての機能を重視した質素な造りが特徴。王侯貴族が滞在するための迎賓館や枢機卿らによる教皇選挙が行われる大広間(グラン・ティネル)などを備えている。14世紀の大広間の天井は、星が散りばめられた青い布に覆われていたと考えられており、地上世界を見つめる天国が再現されていた。

 

サン・ジャンの塔にある2つの礼拝堂は、イタリア人画家マッテオ・ジョヴァネッティが手掛けた美しいフレスコ画に彩られている。1階にあるサン・ジャン礼拝堂では、イエス・キリストに洗礼を授けた洗礼者ヨハネと、イエスの最初の弟子の一人である使徒ヨハネの物語が描かれている。2階に位置するサン・マルシアル礼拝堂は聖マルシアルの生涯が描かれ、当時は貴重で高貴な色とされた青が惜しげもなく使用されている。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):②旧宮殿

アヴィニョン教皇庁の北側に位置する旧宮殿は、要塞としての機能を重視した質素な造りが特徴。

 

王侯貴族が滞在するための迎賓館や枢機卿らによる教皇選挙が行われる大広間(グラン・ティネル)などを備えている。

 

14世紀の大広間の天井は、星が散りばめられた青い布に覆われていたと考えられており、地上世界を見つめる天国が再現されていた。

 

サン・ジャンの塔にある2つの礼拝堂は、イタリア人画家マッテオ・ジョヴァネッティが手掛けた美しいフレスコ画に彩られている。

 

1階にあるサン・ジャン礼拝堂では、イエス・キリストに洗礼を授けた洗礼者ヨハネと、イエスの最初の弟子の一人である使徒ヨハネの物語が描かれている。

 

2階に位置するサン・マルシアル礼拝堂は聖マルシアルの生涯が描かれ、当時は貴重で高貴な色とされた青が惜しげもなく使用されている。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):③新宮殿

 

南側に拡張され建てられた新宮殿は広場に面しており、物見櫓としても用いられた2つの小塔や高さ15mの建物上部に石や矢などを落とすための防衛設備を見ることが出来る。一方で重厚な造りをしていながらも華やかな外観となるよう、細部には美的な配慮がなされている点が特徴となっている。

 

建物内も旧宮殿と比べて、豪華な装飾が施されているのが印象的。新宮殿と旧宮殿の境目にある塔は、建設を進めたクレメンス6世の居住スペースとして作られた。1階部分には衣裳部屋や浴室があり、2階部分は書斎として使用されていた。書斎は鹿狩りの様子などが描かれた見事なフレスコ画に覆われていることから、「鹿の間」の名でも呼ばれている。

アヴィニョン教皇庁(教皇宮殿):③新宮殿

南側に拡張され建てられた新宮殿は広場に面しており、物見櫓としても用いられた2つの小塔や高さ15mの建物上部に石や矢などを落とすための防衛設備を見ることが出来る。

 

一方で重厚な造りをしていながらも華やかな外観となるよう、細部には美的な配慮がなされている点が特徴となっている。

 

建物内も旧宮殿と比べて、豪華な装飾が施されているのが印象的。

 

新宮殿と旧宮殿の境目にある塔は、建設を進めたクレメンス6世の居住スペースとして作られた。

 

1階部分には衣裳部屋や浴室があり、2階部分は書斎として使用されていた。

 

書斎は鹿狩りの様子などが描かれた見事なフレスコ画に覆われていることから、「鹿の間」の名でも呼ばれている。

ノートルダム・デ・ドン大聖堂

 

アヴィニョン教皇庁の旧宮殿のすぐ脇に佇むのは、1150年に建てられたノートルダム・デ・ドン大聖堂。重厚感ある外観が印象的で、南仏風ロマネスク様式の最高傑作と謳われる。またアヴィニョン司教が大司教に格上げされた1475年には首都司教座の役割が与えられ、中世には周辺地域に対して大きな影響力を持っていた。

 

1854年にはローマ教皇ピウス9世より、バジリカ聖堂を名乗ることを正式に認められる。その後の1859年に高さ9m、重さ4,5トンの黄金に輝く聖母マリア像が鐘楼の上に置かれ、大聖堂のシンボルとして愛されている。またフランスで3番目に多い35個もの鐘が奏でる、美しい音色の鐘楼も魅力となっている。

ノートルダム・デ・ドン大聖堂

アヴィニョン教皇庁の旧宮殿のすぐ脇に佇むのは、1150年に建てられたノートルダム・デ・ドン大聖堂。

 

重厚感ある外観が印象的で、南仏風ロマネスク様式の最高傑作と謳われる。

 

またアヴィニョン司教が大司教に格上げされた1475年には首都司教座の役割が与えられ、中世には周辺地域に対して大きな影響力を持っていた。

 

1854年にはローマ教皇ピウス9世より、バジリカ聖堂を名乗ることを正式に認められる。

 

その後の1859年に高さ9m、重さ4,5トンの黄金に輝く聖母マリア像が鐘楼の上に置かれ、大聖堂のシンボルとして愛されている。

 

またフランスで3番目に多い35個もの鐘が奏でる、美しい音色の鐘楼も魅力となっている。

プティ・パレ(小宮殿)

 

歴史地区の端に佇むプティ・パレは、14世紀前半に枢機卿が滞在するための住居として建てられた。そのすぐ後にローマ教皇ベネディクトゥス12世が購入し、アヴィニョン司教が居住するための館として整備された。教皇のための宮殿との対比の中で、「小さな宮殿」を意味する現在の名称で呼ばれるようになった。

 

1976年に開業したプティ・パレ美術館は、13~16世紀の絵画・彫刻が展示されている。中世アヴィニョン派の作品に加え、ヨーロッパで最大規模を誇る中世イタリア美術のコレクションで有名。特に初期ルネサンス美術の巨匠ボッティチェッリが手掛けた『聖母子』や、ヴェネツィア派を代表する画家カルパッチョの『聖会話』など、世界的に評価の高い傑作を数多く所蔵している。

プティ・パレ(小宮殿)

歴史地区の端に佇むプティ・パレは、14世紀前半に枢機卿が滞在するための住居として建てられた。

 

そのすぐ後にローマ教皇ベネディクトゥス12世が購入し、アヴィニョン司教が居住するための館として整備された。

 

教皇のための宮殿との対比の中で、「小さな宮殿」を意味する現在の名称で呼ばれるようになった。

 

1976年に開業したプティ・パレ美術館は、13~16世紀の絵画・彫刻が展示されている。

 

中世アヴィニョン派の作品に加え、ヨーロッパで最大規模を誇る中世イタリア美術のコレクションで有名。

 

特に初期ルネサンス美術の巨匠ボッティチェッリが手掛けた『聖母子』や、ヴェネツィア派を代表する画家カルパッチョの『聖会話』など、世界的に評価の高い傑作を数多く所蔵している。

城壁

 

この街は古代ローマ帝国の植民地だった1世紀に、初めての城壁が築かれたと考えられている。12世紀には堀を備えた2重の城壁に囲まれるが、アルビジョワ戦争後の1226年にフランス国王ルイ8世によって取り壊される。1234~1237年にかけて新たな城壁が築かれ、、ジョセフ・ヴェルネ通りとサン・シャルル通りの交差点には今なお13世紀の城壁跡が残る。

 

アヴィニョン捕囚時代のローマ教皇インノケンティウス6世の命により、現在の城壁が14世紀後半に建造された。パリのノートル・ダム大聖堂の修復などを手掛けた19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクが、サン・ロシュ門やレピュブリック門などの改修工事を担い、全長4,3kmには及ぶ城壁は美しい状態を保ったまま残されている。

城壁

この街は古代ローマ帝国の植民地だった1世紀に、初めての城壁が築かれたと考えられている。

 

12世紀には堀を備えた2重の城壁に囲まれるが、アルビジョワ戦争後の1226年にフランス国王ルイ8世によって取り壊される。

 

1234~1237年にかけて新たな城壁が築かれ、、ジョセフ・ヴェルネ通りとサン・シャルル通りの交差点には今なお13世紀の城壁跡が残る。

 

アヴィニョン捕囚時代のローマ教皇インノケンティウス6世の命により、現在の城壁が14世紀後半に建造された。

 

パリのノートル・ダム大聖堂の修復などを手掛けた19世紀フランスを代表する建築家ヴィオレ・ル・デュクが、サン・ロシュ門やレピュブリック門などの改修工事を担い、全長4,3kmには及ぶ城壁は美しい状態を保ったまま残されている。

サン・ベネゼ橋(アヴィニョン橋)

 

ローヌ川の上に架けられたサン・ベネゼ橋は、フランス民謡『アヴィニョンの橋の上で』の舞台となったことで有名。言い伝えによれば、羊飼いだった12歳のベネゼ少年がこの街に橋を架けるようにとの神の啓示を受けたことが契機と言われている。12世紀後半に建設され、当時は22連のアーチに支えられた全長920mの橋が対岸まで結ばれていた。

 

洪水などの被害により幾度となく修復されてきたが、17世紀以降に再建されることはなかった。現在のサン・ベネゼ橋は4つのアーチが残されており、橋の途中にある上下に別れた2つの礼拝堂が佇む。下層にあるのがサン・ベネゼ礼拝堂、上層にあるのがサン・ニコラ礼拝堂で、どちらも南仏風ロマネスク様式で建てられている。

サン・ベネゼ橋(アヴィニョン橋)

ローヌ川の上に架けられたサン・ベネゼ橋は、フランス民謡『アヴィニョンの橋の上で』の舞台となったことで有名。

 

言い伝えによれば、羊飼いだった12歳のベネゼ少年がこの街に橋を架けるようにとの神の啓示を受けたことが契機と言われている。

 

12世紀後半に建設され、当時は22連のアーチに支えられた全長920mの橋が対岸まで結ばれていた。

 

洪水などの被害により幾度となく修復されてきたが、17世紀以降に再建されることはなかった。

 

現在のサン・ベネゼ橋は4つのアーチが残されており、橋の途中にある上下に別れた2つの礼拝堂が佇む。

 

下層にあるのがサン・ベネゼ礼拝堂、上層にあるのがサン・ニコラ礼拝堂で、どちらも南仏風ロマネスク様式で建てられている。

ロシェ・デ・ドン公園

 

アヴィニョン教皇庁を見下ろす高台に位置しているのが、ロシェ・デ・ドン公園。新石器時代の遺物が出土するなど古くから人が居住していた場所で、かつて山頂に城が建っていた時代もあった。公園の周囲が壁に囲まれていることからもわかるように、中世には防衛に欠かせない要塞としての役割を担っていた。

 

市民のための公園として整備されたのが19世紀のことで、優雅なイギリス風庭園が広がっている。庭園内にはブドウ畑があり、城壁内で採れるブドウから作られるワインとして唯一の原産地統制呼称(AOC)認定を受けている。また世界遺産の街並みを一望することが出来るため、この街屈指のパノラマスポットとしても人気。

ロシェ・デ・ドン公園

アヴィニョン教皇庁を見下ろす高台に位置しているのが、ロシェ・デ・ドン公園。

 

新石器時代の遺物が出土するなど古くから人が居住していた場所で、かつて山頂に城が建っていた時代もあった。

 

公園の周囲が壁に囲まれていることからもわかるように、中世には防衛に欠かせない要塞としての役割を担っていた。

 

市民のための公園として整備されたのが19世紀のことで、優雅なイギリス風庭園が広がっている。

 

庭園内にはブドウ畑があり、城壁内で採れるブドウから作られるワインとして唯一の原産地統制呼称(AOC)認定を受けている。

 

また世界遺産の街並みを一望することが出来るため、この街屈指のパノラマスポットとしても人気。

枢機卿の住居と塩倉庫

 

カトリック教徒にとってローマ教皇に次ぐ地位の聖職者である枢機卿が滞在するための住居が14世紀以降に数多く建設されたため、街には豪華な館が数多く残されている。アヴィニョン教皇庁の目の前に建つモネ邸は1619年に建てられ、美しい彫刻が彩る枢機卿の住居の代表例として知られる。

 

また塩を保管するための倉庫も14世紀に建てられ、国王による塩の独占販売が行われていた中世には莫大な富をもたらした場所である。1758年に改築が行われたため、ルイ14世様式の美しい外観が印象的。現在はアーティスト・イン・レジデンスなどを備えた、文化・芸術の拠点施設として利用されている。

枢機卿の住居と塩倉庫

カトリック教徒にとってローマ教皇に次ぐ地位の聖職者である枢機卿が滞在するための住居が14世紀以降に数多く建設されたため、街には豪華な館が数多く残されている。

 

アヴィニョン教皇庁の目の前に建つモネ邸は1619年に建てられ、美しい彫刻が彩る枢機卿の住居の代表例として知られる。

 

また塩を保管するための倉庫も14世紀に建てられ、国王による塩の独占販売が行われていた中世には莫大な富をもたらした場所である。

 

1758年に改築が行われたため、ルイ14世様式の美しい外観が印象的。

 

現在はアーティスト・イン・レジデンスなどを備えた、文化・芸術の拠点施設として利用されている。

サン・ピエール教会

 

この街の中心市街地に佇むサン・ピエール教会が初めて建てられたのは、7世紀の事だと考えられている。その後はイスラム教徒による破壊を受けて廃墟と化してしまうが、1358年より再建が始まり、ローマ教皇インノケンティウス6世も聖堂参事会教会としての建設を支援した。プロヴァンス風フランボワイヤン・ゴシック様式の美しい建物が、訪れる人々を魅了している。

 

教会の入り口にあるクルミの木で出来た扉は1551年に制作されたもので、後期ルネサンス様式の繊細な彫刻に彩られている。教会内には14世紀にメス司教を務めたピエール・ド・リュクサンブールの聖遺物をはじめ、貴重な宗教美術が祀られている。宗教的な重要性が認められ、2012年にはローマ教皇ベネディクト16世より正式にバジリカ聖堂を名乗ることが認められている。

サン・ピエール教会

この街の中心市街地に佇むサン・ピエール教会が初めて建てられたのは、7世紀の事だと考えられている。

 

その後はイスラム教徒による破壊を受けて廃墟と化してしまうが、1358年より再建が始まり、ローマ教皇インノケンティウス6世も聖堂参事会教会としての建設を支援した。

 

プロヴァンス風フランボワイヤン・ゴシック様式の美しい建物が、訪れる人々を魅了している。

 

教会の入り口にあるクルミの木で出来た扉は1551年に制作されたもので、後期ルネサンス様式の繊細な彫刻に彩られている。

 

教会内には14世紀にメス司教を務めたピエール・ド・リュクサンブールの聖遺物をはじめ、貴重な宗教美術が祀られている。

 

宗教的な重要性が認められ、2012年にはローマ教皇ベネディクト16世より正式にバジリカ聖堂を名乗ることが認められている。

カルヴェ美術館とラピデール博物館

 

18世紀に建てられたヴィルヌーヴ・マルティニャン邸を用いて、1811年に開業したのがカルヴェ美術館。経済学や考古学など多分野で才能を発揮した医師エスプリ・カルヴェが、故郷であるアヴィニョンに寄贈したコレクションが元となっている。15~20世紀の絵画や彫刻の充実した作品に加えて、貴重な古代エジプト美術も見応えがある。

 

また1933年に開業したラピデール博物館は、同じカルヴェ財団によって運営されている考古学博物館である。古代ギリシアや古代ローマなど、考古学的に価値の高い幅広いコレクションが揃う。またイエズス会の教会として17世紀に建てられたコレージュ礼拝堂を再活用しており、威厳あるその建物も魅力となっている。

カルヴェ美術館とラピデール博物館

18世紀に建てられたヴィルヌーヴ・マルティニャン邸を用いて、1811年に開業したのがカルヴェ美術館。

 

経済学や考古学など多分野で才能を発揮した医師エスプリ・カルヴェが、故郷であるアヴィニョンに寄贈したコレクションが元となっている。

 

15~20世紀の絵画や彫刻の充実した作品に加えて、貴重な古代エジプト美術も見応えがある。

 

また1933年に開業したラピデール博物館は、同じカルヴェ財団によって運営されている考古学博物館である。

 

古代ギリシアや古代ローマなど、考古学的に価値の高い幅広いコレクションが揃う。

 

またイエズス会の教会として17世紀に建てられたコレージュ礼拝堂を再活用しており、威厳あるその建物も魅力となっている。

アングラドン美術館

 

19世紀後半から20世紀前半に活躍したファッション・デザイナー、ジャック・ドゥーセの蒐集したコレクションが展示されているアングラドン美術館。大叔父であるジャック・ドゥーセから2世代を経て遺品を受け継いだ、アングラドン夫妻の強い意志により1996年に開業した。

 

アングラドン夫妻が自宅として使っていたシリアン邸は1694年に建てられ、優美な模様を描く金属の手すりが魅力の階段などが建築当時のまま残されている。また小規模な美術館ではあるが、ポール・セザンヌやフィンセント・ファン・ゴッホ、パブロ・ピカソなど、18~20世紀に活躍した名立たる芸術家の作品が揃っている。

アングラドン美術館

19世紀後半から20世紀前半に活躍したファッション・デザイナー、ジャック・ドゥーセの蒐集したコレクションが展示されているアングラドン美術館。

 

大叔父であるジャック・ドゥーセから2世代を経て遺品を受け継いだ、アングラドン夫妻の強い意志により1996年に開業した。

 

アングラドン夫妻が自宅として使っていたシリアン邸は1694年に建てられ、優美な模様を描く金属の手すりが魅力の階段などが建築当時のまま残されている。

 

また小規模な美術館ではあるが、ポール・セザンヌやフィンセント・ファン・ゴッホ、パブロ・ピカソなど、18~20世紀に活躍した名立たる芸術家の作品が揃っている。

ランベール・コレクションとルイ・ヴーラン美術館

 

ランベール・コレクションは1966年にパリで画廊を開いて以来、フランスの現代アートの世界を牽引してきたイヴォン・ランベールが集めた作品を展示する美術館。コーモン邸とモンフォーコン邸という18世紀に建てられた美しい邸宅内では、1000点を超える現代美術の名作を所蔵している。

 

また19世紀に建てられた格調高い邸宅を利用して、1982年に開業したのがルイ・ヴーラン美術館。元々は実業家ルイ・ヴーランの自宅で、彼の蒐集した美しい調度品のコレクションが展示されている。特に17~18世紀の家具、陶芸品、金工品、タペストリーのコレクションなどが充実している。

ランベール・コレクションとルイ・ヴーラン美術館

ランベール・コレクションは1966年にパリで画廊を開いて以来、フランスの現代アートの世界を牽引してきたイヴォン・ランベールが集めた作品を展示する美術館。

 

コーモン邸とモンフォーコン邸という18世紀に建てられた美しい邸宅内では、1000点を超える現代美術の名作を所蔵している。

 

また19世紀に建てられた格調高い邸宅を利用して、1982年に開業したのがルイ・ヴーラン美術館。

 

元々は実業家ルイ・ヴーランの自宅で、彼の蒐集した美しい調度品のコレクションが展示されている。

 

特に17~18世紀の家具、陶芸品、金工品、タペストリーのコレクションなどが充実している。

時計台、アヴィニョン市庁舎、オペラ座

 

街の中央に佇む時計台広場は古代ローマ時代からフォルム(政治・経済・社会活動の中心広場)であったと考えられており、その時代の遺跡もわずかながら残されている。19世紀には威厳ある市庁舎やロマネスク様式の煌びやかなオペラ座が建てられ、現在もレストランやカフェが建ち並ぶ活気あふれる場所となっている。

 

広場の名前の由来となっている時計台は、1354年にその歴史を遡ることが出来る。元々は枢機卿が滞在するための住居として使われていたが、1447年にアヴィニョンの街が購入し市庁舎となる。1471年に建物の塔の上に市民のための時計が設置され、鐘の音を響かせながら現在まで時を知らせ続けている。

時計台、アヴィニョン市庁舎、オペラ座

街の中央に佇む時計台広場は古代ローマ時代からフォルム(政治・経済・社会活動の中心広場)であったと考えられており、その時代の遺跡もわずかながら残されている。

 

19世紀には威厳ある市庁舎やロマネスク様式の煌びやかなオペラ座が建てられ、現在もレストランやカフェが建ち並ぶ活気あふれる場所となっている。

 

広場の名前の由来となっている時計台は、1354年にその歴史を遡ることが出来る。

 

元々は枢機卿が滞在するための住居として使われていたが、1447年にアヴィニョンの街が購入し市庁舎となる。

 

1471年に建物の塔の上に市民のための時計が設置され、鐘の音を響かせながら現在まで時を知らせ続けている。

アヴィニョン演劇祭

 

毎年夏に約1ヶ月の期間に渡って開催される、アヴィニョン演劇祭はこの街の名物。1947年に俳優で演出家だったジャン・ヴィラールによって開かれた小規模な芸術祭は、年を追うごとにその規模を拡大し、現在では世界で最も重要な舞台芸術のイベントと名高い。演劇を中心にダンスや音楽、映画などの作品が公開され、祭りを盛り上げる。

 

通称「イン」と呼ばれる公式プログラムに加えて、「オフ」と呼ばれる非公式の公演が同時に開催されるのが特徴。公式プログラムはアヴィニョン教皇庁前の広場をメイン会場として、約30カ所40作品ほどが上映される。また「オフ」のパフォーマンスを併せると1000を超える公演が催され、街中がフェスティブな雰囲気に包まれる。

アヴィニョン演劇祭

毎年夏に約1ヶ月の期間に渡って開催される、アヴィニョン演劇祭はこの街の名物。

 

1947年に俳優で演出家だったジャン・ヴィラールによって開かれた小規模な芸術祭は、年を追うごとにその規模を拡大し、現在では世界で最も重要な舞台芸術のイベントと名高い。

 

演劇を中心にダンスや音楽、映画などの作品が公開され、祭りを盛り上げる。

 

通称「イン」と呼ばれる公式プログラムに加えて、「オフ」と呼ばれる非公式の公演が同時に開催されるのが特徴。

 

公式プログラムはアヴィニョン教皇庁前の広場をメイン会場として、約30カ所40作品ほどが上映される。

 

また「オフ」のパフォーマンスを併せると1000を超える公演が催され、街中がフェスティブな雰囲気に包まれる。

アヴィニョンについて詳しく知りたい!

基本情報

ヴォークリューズ県アヴィニョン/Avignon (VAUCLUSE)

面積:64,78 km2

人口:9万人(2022年現在)

写真1枚目:Photoed by gillag – pixabay.com

写真2枚目:Photoed by Eric_Sicard – pixabay.com

写真3枚目:Photoed by Hans – pixabay.com

写真4枚目:Photoed by Sharat Ganapati – Flickr

写真5枚目:Photoed by Kent Wang – Flickr

写真6, 10枚目:Photoed by Marabu – pixabay.com

写真7, 11, 13, 18枚目:Photoed by Stephen Colebourne – Flickr

写真8, 12, 21枚目:Photoed by MarcelDominic – pixabay.com

写真9枚目:Photoed by MemoryCatcher – pixabay.com

写真14枚目:Photoed by Elliott Brown – Flickr

写真15枚目:Photoed by Véronique PAGNIER – Wikipedia

写真16枚目:Photoed by user32212 – pixabay.com

写真17枚目:Photoed by grego1402 – Flickr

写真19, 20枚目:Photoed by Marianne Casamance – Wikipedia

2025年3月11日:ページ更新

行き方

パリからTGVに乗って、3時間ほどで訪れることが出来ます。アヴィニョン中央駅とアヴィニョンTGV駅があり、後者は中心市街地から距離があるため旅程を立てる際は注意をしてください。

 

また「フランスの最も美しい村」の中でも特に人気のある村が集中する地域なので、レンタカーを借りてプロヴァンス地方に点在する小さな村巡りの拠点にするのもお勧めです。

パリ・リヨン駅(Paris Gare de Lyon)からTGVに乗って、アヴィニョンTGV駅(Avignon TGV)下車(約2時間40分)。

 

アヴィニョンTGV駅(Avignon TGV)から在来線TERに乗り換えて、アヴィニョン中央駅(Avignon Centre)下車(約10分)。

 

※アヴィニョン中央駅(Avignon Centre)着の場合は、一例として乗継無しの場合、約3時間50分かかります。

パリから780km(約7時間30分)

リヨンから330km(約2時間30分)

マルセイユから110km(約1時間20分)

ニースから270km(約2時間50分)

パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から730km(約7時間)

リヨン・サン=テグジュペリ国際空港から250km(約2時間30分)

マルセイユ・プロヴァンス空港から90km(約1時間10分)

ニース・コート・ダジュール国際空港から260km(約2時間40分)

ミシュラン星付きレストラン

2024年のミシュランガイドで1つ星を獲得した、3つのレストランを紹介させて頂きます。

歴史地区にほど近い狭い路地に面して、ひっそりと営業をしているレストランです。木のぬくもりを感じることの出来る暖かみのある店内は、アットホームでありながら洗練された趣があります。コック帽をかぶった料理人が、ホールで給仕まで行うのが特徴的。

 

平日お昼のコースは60€からで、料理に合わせたワインを30€で追加することが出来ます。地元の旬な食材にこだわっており、週替わりでメニューが変わりますよ。

14世紀に建てられた枢機卿の館に起源を持つ、5つ星ホテルの中で営業するレストランです。食事のための部屋は、枢機卿が教皇を招いて食事をしたという逸話の残るこの街でも最も歴史の古い場所。またルネサンス期に造られた美しい天井から料理を盛り付ける器まで、細部までこだわり抜いた空間で食べる食事は忘れられない思い出となります。

 

4品で構成される平日お昼のコースは95€から。暖かい時期には教皇時代に造られた城壁を眺めながら食べることの出来る野外のテラス席、寒い時期には心地よい音を奏でる暖炉が魅力の室内がお勧めです。

16世紀に建てられた貴族の館を改装した5つ星ホテル、「オテル・デューロップ」の中で営業しているレストランです。ダイニングルームに飾られたタペストリーは、18世紀の優美な装飾の雰囲気を新しい形で提供するパリ発の人気ブランド「アントワネット・ポワソン」が手掛けたものです。

 

前菜+メイン+デザートで構成されるコースは54€から。プロヴァンス地方の美味しい山の恵みと海の里は、熟練のシェフの技術によって見た目にも華やかな絶品料理に変身を遂げます。

特産品

世界遺産にも登録される人気の街で国内外から多くの観光客が訪れるため、歴史地区にはお土産物屋からデパートまで数多くのお店が建ち並び買い物には困りません。

 

ここではアヴィニョンを訪れたらぜひ味わいたい、お勧めの味を紹介させて頂きます。

パパリーヌ・ダヴィニョンは、1960年にヴォークリューズ県の菓子職人組合によって考案されたお菓子です。名前はローマ教皇を意味するフランス語にちなんでいて、今日ではこの街を代表する銘菓として親しまれています。

 

リキュールをチョコレートの中に閉じ込めたお菓子「シャルドン」の仲間。ヴァントゥー山の麓で採れる約60種類の薬草を使ったリキュール「オリガン・デュ・コンタ」の、独特な風味を楽しむことが出来ますよ。職人による昔ながらの製法にこだわっているため、県内にある約60軒のお店のみで販売されています。




アヴィニョンのお勧めホテル

南仏プロヴァンス地方にある美しい村々を訪れるなら、アヴィニョンを拠点にしてみてはいかがでしょうか?

 

ホテルの予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。この街にあるお勧めの宿を紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。

Booking.comの総合スコア8.8と高評価なこの宿泊施設は、アヴィニョン中央駅と歴史地区の中間地点に佇むホテルで街の散策に便利。有名ホテルグループによる運営で、24時間対応のフロントがあるため、初めてフランスに旅行されるという方も安心してご利用頂けます。暖色系を基調とした温かみのある内装の客室では、ゆったりとリラックスした時間を過ごすことが出来ます。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で230€~400€(朝食別)です。

Booking.comのロケーションスコア9.8と高評価なこの宿泊施設は、歴史地区の中心に位置しているため世界遺産の街を感じるには最適です。17世紀に建てられた貴族の館をリノベーションして営業しており、特別感のある雰囲気が魅力となっています。昔ながらの木を活かした内装なので、温かい雰囲気を感じることが出来ますよ。宿泊者のニーズに応じて値段が異なり、料金は2名1泊で280€~310€(朝食別)です。

Booking.comのロケーションスコア9.4と高評価なこの宿泊施設は、アヴィニョン教皇庁のすぐ裏手に位置する5つ星ホテルです。建物の歴史は14世紀に遡ることができ、ローマ教皇と共に築き上げてきたこの街の歴史を今に伝えています。まるで中世の大貴族になったかのような豪華絢爛な内装が魅力で、ミシュラン1つ星レストランも併設されています。宿泊者のニーズやシーズンに応じて価格は変動し、料金は2名1泊で1200€~2100€(朝食別)です。




アヴィニョン近郊の美しい村

南仏プロヴァンス

崖の上に佇む鷲の巣村が多数点在している地域です。フランス屈指の人気を誇る美しい村であるゴルドやレ・ボー・ド・プロヴァンスまで、車を使えば一時間弱で訪れることが出来ますよ。