ジヴェルニー/Giverny

 

【モネが暮らした印象派の聖地】

 

『睡蓮』で有名な巨匠クロード・モネが暮らしたこの村は、

今なお多くの芸術家に愛され影響を与え続けている。

モネが暮らした邸宅と庭はこだわりに溢れており、

創作活動の拠点であると共に友人を招いて歓待を行った。

大地を優しい色に染めるポピーの花畑や、

積み藁にポプラ並木など印象派の描いた世界が広がっている。

ジヴェルニー/Giverny

 

【モネが暮らした印象派の聖地】

 

『睡蓮』で有名な巨匠クロード・モネが暮らしたこの村は、今なお多くの芸術家に愛され影響を与え続けている。

 

モネが暮らした邸宅と庭はこだわりに溢れており、創作活動の拠点であると共に友人を招いて歓待を行った。

 

大地を優しい色に染めるポピーの花畑や、積み藁にポプラ並木など印象派の描いた世界が広がっている。




村の歴史

 

村の歴史は863年に遡ることができ、近郊の街サン・ドニ・ド・フェルモンの大修道院が管理する土地として、西フランク国王で後の神聖ローマ皇帝シャルル2世が認識していたという記録が残されている。中世には修道院などの宗教施設がいくつか存在し、穏やかな村の暮らしを支えていた。

 

転機が訪れたのは1883年で、印象派を代表する芸術家クロード・モネがこの地に移住した。するとメアリー・フェアチャイルドなど、数多くのアメリカ人印象派画家が集まり、芸術家のコミュニティが形成。今日も中心市街地にはたくさんのアトリエが建ち並び、村は活気に満ちている。

村の歴史

村の歴史は863年に遡ることができ、近郊の街サン・ドニ・ド・フェルモンの大修道院が管理する土地として、西フランク国王で後の神聖ローマ皇帝シャルル2世が認識していたという記録が残されている。

 

中世には修道院などの宗教施設がいくつか存在し、穏やかな村の暮らしを支えていた。

 

転機が訪れたのは1883年で、印象派を代表する芸術家クロード・モネがこの地に移住した。

 

するとメアリー・フェアチャイルドなど、数多くのアメリカ人印象派画家が集まり、芸術家のコミュニティが形成。

 

今日も中心市街地にはたくさんのアトリエが建ち並び、村は活気に満ちている。

クロード・モネの家と庭園①:歴史

 

モネとその家族が移り住んだのは元々果樹園があった場所で、自分が理想とする夢の庭園をゼロから創り上げた。モネが亡くなる1926年まで生活をした家と庭園は、二人目の妻となったアリスの娘(また最初の妻との間に設けた長男ジャンの妻)だったブランシュによって大切に管理された。

 

1947年にブランシュが亡くなると、放置され荒れ果てた状態になってしまう。1966年に芸術アカデミーに寄贈されると、アトリエの中に残されていた作品はパリにあるマルモッタン・モネ美術館に移送。1976年にはヴェルサイユ宮殿の修復に携わった芸術アカデミー会員ヴァン・デル・ケンプに要請し、改修工事を終えた1980年より一般公開(開館期間は4月~10月頃)されている。

クロード・モネの家と庭園①:歴史

モネとその家族が移り住んだのは元々果樹園があった場所で、自分が理想とする夢の庭園をゼロから創り上げた。

 

モネが亡くなる1926年まで生活をした家と庭園は、二人目の妻となったアリスの娘(また最初の妻との間に設けた長男ジャンの妻)だったブランシュによって大切に管理された。

 

1947年にブランシュが亡くなると、放置され荒れ果てた状態になってしまう。

 

1966年に芸術アカデミーに寄贈されると、アトリエの中に残されていた作品はパリにあるマルモッタン・モネ美術館に移送。

 

1976年にはヴェルサイユ宮殿の修復に携わった芸術アカデミー会員ヴァン・デル・ケンプに要請し、改修工事を終えた1980年より一般公開(開館期間は4月~10月頃)されている。

クロード・モネの家と庭園②:邸宅1F

 

玄関を入ると目に飛び込んでくるのが、涼しげな印象を与える「青のサロン」。また淡い黄色を基調としたダイニングルームは、知る人ぞ知る一番の見どころ。モネが愛した日本の浮世絵のコレクションが飾られているほか、黄色と青で縁どられた食器はモネが友人をもてなす際に好んで用いられていたものである。

 

1Fにあるもう一つのサロンは、この村での初めてのアトリエで1899年まで作品を描く場所として使用されていた。8割近くの家具は当時のものが残されており、モネの作品の複製画に彩られながらかつての暮らしに思いをはせることができる。

クロード・モネの家と庭園②:邸宅1F

玄関を入ると目に飛び込んでくるのが、涼しげな印象を与える「青のサロン」。

 

また淡い黄色を基調としたダイニングルームは、知る人ぞ知る一番の見どころ。

 

モネが愛した日本の浮世絵のコレクションが飾られているほか、黄色と青で縁どられた食器はモネが友人をもてなす際に好んで用いられていたものである。

 

1Fにあるもう一つのサロンは、この村での初めてのアトリエで1899年まで作品を描く場所として使用されていた。

 

8割近くの家具は当時のものが残されており、モネの作品の複製画に彩られながらかつての暮らしに思いをはせることができる。

クロード・モネの家と庭園③:邸宅2F

 

2階にあるモネの寝室では、セザンヌやルノワール、シニャック、カイユボットなどお気に入りの芸術家仲間の作品に見守られながら生活をしていた。現在は複製画が飾られ、モネが息を引き取った当時の面影がそのまま再現されている。また窓からは、彼が情熱を捧げた庭を一望することができる。

 

続いて現れるのはモネの浴室、そして妻アリスの浴室と小さな裁縫室を備えた寝室。またモネの没後も1947年に亡くなるまでこの家を守ってきた義理娘ブランシュの部屋も、2014年より一般公開されている。この部屋は、彼女が暮らした時代の内装をイメージしている。

クロード・モネの家と庭園③:邸宅2F

2階にあるモネの寝室では、セザンヌやルノワール、シニャック、カイユボットなどお気に入りの芸術家仲間の作品に見守られながら生活をしていた。

 

現在は複製画が飾られ、モネが息を引き取った当時の面影がそのまま再現されている。

 

また窓からは、彼が情熱を捧げた庭を一望することができる。

 

続いて現れるのはモネの浴室、そして妻アリスの浴室と小さな裁縫室を備えた寝室。

 

またモネの没後も1947年に亡くなるまでこの家を守ってきた義理娘ブランシュの部屋も、2014年より一般公開されている。

 

この部屋は、彼女が暮らした時代の内装をイメージしている。

クロード・モネの家と庭園④:クロ・ノルマン

 

淡いピンクの漆喰に塗られたモネの家の目の前に広がるのが、色とりどりの花々が咲き誇る庭園。移り住んだ当時は並木道の周りにリンゴ畑と野菜畑が広がっていたことから、ノルマンディーの農園を意味する「クロ・ノルマン」の名前で呼ばれている。

 

理想とする庭を実現するために大幅な手が加えられ、並木道は花と緑のアーチへと姿を変えている。また周囲の畑もスイセン、チューリップ、アヤメ、ポピー、シャクヤクなどが植えられ、季節に応じて移り変わる自然のパレットが、訪れる人々を魅了している。

クロード・モネの家と庭園④:クロ・ノルマン

淡いピンクの漆喰に塗られたモネの家の目の前に広がるのが、色とりどりの花々が咲き誇る庭園。

 

移り住んだ当時は並木道の周りにリンゴ畑と野菜畑が広がっていたことから、ノルマンディーの農園を意味する「クロ・ノルマン」の名前で呼ばれている。

 

理想とする庭を実現するために大幅な手が加えられ、並木道は花と緑のアーチへと姿を変えている。

 

また周囲の畑もスイセン、チューリップ、アヤメ、ポピー、シャクヤクなどが植えられ、季節に応じて移り変わる自然のパレットが、訪れる人々を魅了している。

クロード・モネの家と庭園⑤:水の庭

 

地下トンネルを抜けた先にあるのが、モネの代名詞とも言える連作『睡蓮』に描かれた「水の庭」。この土地を1893年に購入し、村のほとりを流れるエプト川から水を引き、人口の池を作るという壮大なプロジェクトによって実現した。陽の光に応じて表情を変える庭は、多くの客をもてなした自慢の庭だった。

 

また浮世絵の世界観からも、多くの着想を得ていることで知られている。その象徴と言える太鼓橋は伝統的な赤ではなく緑に塗ることで、東洋の神秘的な雰囲気を自然に調和させている。また竹、銀杏、楓、牡丹、百合、枝垂れ柳など、日本で馴染み深い植物によって池の周囲を美しく縁どっている。

クロード・モネの家と庭園⑤:水の庭

地下トンネルを抜けた先にあるのが、モネの代名詞とも言える連作『睡蓮』に描かれた「水の庭」。

 

この土地を1893年に購入し、村のほとりを流れるエプト川から水を引き、人口の池を作るという壮大なプロジェクトによって実現した。

 

陽の光に応じて表情を変える庭は、多くの客をもてなした自慢の庭だった。

 

また浮世絵の世界観からも、多くの着想を得ていることで知られている。

 

その象徴と言える太鼓橋は伝統的な赤ではなく緑に塗ることで、東洋の神秘的な雰囲気を自然に調和させている。

 

また竹、銀杏、楓、牡丹、百合、枝垂れ柳など、日本で馴染み深い植物によって池の周囲を美しく縁どっている。

オテル・ボーディ

 

現在もレストランとして営業しているオテル・ボーディは元々小さな食料品店だったが、モネに会いたいとこの村を訪れるアーティストのために宿泊場所を提供した。次第に芸術家仲間が集う交流の場となると共に、庭に設けられたアトリエでは芸術家が創作活動も行うことが出来た。

 

店内は赤と白のチェックのテーブルクロスなど19世紀終わりの雰囲気がそのまま残り、モネの暮らした時代へタイムスリップしたかのような趣が残る。また鴨のコンフィとジャガイモの入ったオムレツは、その時代から変わらぬホテルの看板メニューとして今なお提供されている。

オテル・ボーディ

現在もレストランとして営業しているオテル・ボーディは元々小さな食料品店だったが、モネに会いたいとこの村を訪れるアーティストのために宿泊場所を提供した。

 

次第に芸術家仲間が集う交流の場となると共に、庭に設けられたアトリエでは芸術家が創作活動も行うことが出来た。

 

店内は赤と白のチェックのテーブルクロスなど19世紀終わりの雰囲気がそのまま残り、モネの暮らした時代へタイムスリップしたかのような趣が残る。

 

また鴨のコンフィとジャガイモの入ったオムレツは、その時代から変わらぬホテルの看板メニューとして今なお提供されている。

印象派美術館

 

モネの家と同じ通りには、2009年に新たに誕生した印象派美術館が佇む。元々はジヴェルニー・アメリカン・アート美術館が営業しており、この村で活動をしたアメリカ人芸術家の作品を中心に展示をしていたが、県など様々な組織とパートナーシップを結び印象派全体に焦点を当てた美術館へと生まれ変わった。

 

モネやカイユボットなど印象派を代表する画家はもちろん、その影響を受けたアメリカ人芸術家や新印象派の作品などを展示しながら、印象派がどのように生まれ今日まで発展してきているのかを紹介している。印象派という芸術運動をより深く理解しようと、開業以来多くの人々が訪れている。

印象派美術館

モネの家と同じ通りには、2009年に新たに誕生した印象派美術館が佇む。

 

元々はジヴェルニー・アメリカン・アート美術館が営業しており、この村で活動をしたアメリカ人芸術家の作品を中心に展示をしていたが、県など様々な組織とパートナーシップを結び印象派全体に焦点を当てた美術館へと生まれ変わった。

 

モネやカイユボットなど印象派を代表する画家はもちろん、その影響を受けたアメリカ人芸術家や新印象派の作品などを展示しながら、印象派がどのように生まれ今日まで発展してきているのかを紹介している。

 

印象派という芸術運動をより深く理解しようと、開業以来多くの人々が訪れている。

サン・ラドゴンド教会

 

サン・ラドゴンド教会は歴史ある教会で、最も古い部分である半円状の後陣は、11世紀にロマネスク様式で建てられた時代のものである。教会内では13~17世紀の貴重な宗教美術品が数多く祀られており、その中でも14世紀に製作された聖母子像は特に見応えがある。

 

教会の裏手にある墓地では、クロード・モネとその家族が眠っている。また教会すぐ脇の敷地には第二次世界大戦中に亡くなったイギリス軍航空兵に敬意を表した記念碑と、先史時代につくられた巨石記念物ドルメンがあるので併せて見てみると良い。

サン・ラドゴンド教会

サン・ラドゴンド教会は歴史ある教会で、最も古い部分である半円状の後陣は、11世紀にロマネスク様式で建てられた時代のものである。

 

教会内では13~17世紀の貴重な宗教美術品が数多く祀られており、その中でも14世紀に製作された聖母子像は特に見応えがある。

 

教会の裏手にある墓地では、クロード・モネとその家族が眠っている。

 

また教会すぐ脇の敷地には第二次世界大戦中に亡くなったイギリス軍航空兵に敬意を表した記念碑と、先史時代につくられた巨石記念物ドルメンがあるので併せて見てみると良い。

ジヴェルニーについて詳しく知りたい!

基本情報

ウール県ジヴェルニー/Giverny (EURE)

面積:6,46 km2

人口:467人(2021年現在)

写真1, 2, 7枚目:Photoed by Lynn Rainard – Flickr

写真3, 4枚目:Photoed by Jean-Pierre Dalbéra – Flickr

写真5枚目:Photoed by Stewart Holmes – Flickr

写真6枚目:Photoed by Sinason – pixabay.com

写真8枚目:Photoed by Andy Hay – Flickr

写真9枚目:Photoed by Elliott Brown – Flickr

写真10, 13枚目:Photoed by Herbert Frank – Flickr

写真11枚目:Photoed by mat’s eye – Flickr

写真12枚目:Photoed by nicolasdebraypointcom – pixabay.com

2027年7月19日:ページ更新

行き方

「クロード・モネの家と庭園」が開館している4月~10月は、ヴェルノン駅からシャトルバスが出ているためパリから日帰りで訪れる事も可能です。

 

またノルマンディー地方に点在する美しい村も併せて訪れるのであれば、レンタカーを利用するのもお勧め。緑豊かな牧草地帯を車窓から眺めながらの移動は、とても気持ちが良いですよ。

パリ・サン・ラザール駅(Paris Saint-Lazare)からTERに乗って、ヴェルノン・ジヴェルニー駅(Vernon – Giverny)下車。(約1時間)

 

ヴェルノン・ジヴェルニー駅前停留所(Gare SNCF Vernon-Giverny)からセーヌ・ノルマンディー交通のバスに乗って、ジヴェルニー・パーキング停留所(GIVERNY/Parking)下車。(約30分)

パリから80km(約1時間40分)

パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港から100km(約1時間20分)

紹介動画

フランスの人気テレビ番組「フランス人が選ぶお気に入りの村」で、2020年にジヴェルニーがノミネートされた際の動画がYoutubeの「Le Pays préféré des Français」公式チャンネルにて紹介されています。この村の魅力が詰まった動画で、見たら行ってみたくなること間違いなしです。映像だけでも十分に楽しめますが、順次日本語訳を紹介していく予定なので楽しみにお待ちいただければ幸いです。

ミシュラン星付きレストラン

2024年のミシュランガイドで1つ星を獲得したレストランを紹介させて頂きます。

「クロード・モネの家と庭園」から歩いて10分ほどの場所で営業しているこのお店は、1912年にアングロ・ノルマンディー様式で建てられた木組みの民家の中で食事を楽しむことが出来ます。シェフの哲学は最高の料理を肩肘張らずに楽しむことが出来ることで、まるで友達のお家に遊びに来たかのような雰囲気づくりがなされています。

 

4品から構成される平日お昼のコースは95€から。まるで印象派の絵画を見ているかのような美しい料理の数々は、訪れる人々を魅了しています。




ジヴェルニーのお勧めホテル

村内がオレンジに輝く夕暮れ時や、夜のライトアップ、朝霧に包まれた街並みなど、時間によって様々な表情を見せるのが美しい村の魅力。ジヴェルニーでは、印象派の画家が愛した刻一刻と移り変わる風景をのんびりとした時間の中で楽しむことが出来ますよ。

 

フランスの最も美しい村の予約はbooking.comが便利で、毎回お世話になっています。今回はジヴェルニーにあるお勧めのホテルを紹介いたしますので参考にして頂ければ幸いです。

Booking.comの総合スコア9.3と高評価なこの宿泊施設は、ミシュラン星付きレストランの項目でも紹介した「ル・ジャルダン・デ・プリュム」を併設しているホテルです。白を基調とした空間は、清潔感があってスタイリッシュ。ノルマンディーらしいのんびりとした雰囲気漂う庭も、とても魅力出来ですよ。宿泊者のニーズやシーズンに応じて価格は変動し、料金は2名1泊で160€~560€(朝食込)です。




ジヴェルニー近郊の美しい村

ラ・ロシュ・ギュイヨン

この村から車で20分ほどの距離にあり、一緒に訪れるのがお勧めです。モネ自身も『ラ・ロシュ=ギュイヨンの道』という作品を描いており、芸術好きにとっても見逃せません。